発達障害の人たちが職場に加わったとき、あなたはうまく対応していくことができるだろうか?
2018年4月から障害者雇用に関しての法律が改正され、その中の1つとして、「精神障害者の雇用義務化」が始まった。
「障害者雇用促進法」では、障害者の雇用義務が事業主にあるが、これまでその対象とは「身体障害者」と「知的障害者」に限られていた。今回から適用される「精神障害者」の対象は、精神疾患があるすべての人たちとなる。中でも、「発達障害(自閉症、学習障害、注意欠陥多動性障害等)」が対象者に入ってくる。
発達障害などの障害がある人たちに、職場で力を発揮してもらうにはどうしたらいいのか。前回記事に続き、NTTドコモの特例子会社「ドコモ・プラスハーティ」(以下、プラスハ-ティ)の具体的な取り組みの実際を取り上げるとともに、発達障害という特性がありながら組織で仕事をしている人たちの声を聞いてみた。
目次
4月から「精神障害者の雇用義務化」が始まった。2013年には2.0%だった法定雇用率が2.2%に上昇した。労働者数が100人を超える事業主で、障害者雇用率2.2%を超えて障害者を雇用している場合、超えて雇用している障害者数に応じて、1人につき月額2万7000円の「障害者雇用調整金」が国から支給される。
一方、障害者雇用率が未達成の事業主は、不足する障害者数1人につき月額5万円の「障害者雇用納付金」を納付しなければならない(常時雇用している労働者数が100人から200人以下の事業主については、現在は減額特例として1人につき月額5万円が4万円に減額されている)。
このように国は企業に金銭的にもプレッシャーをかけている状況だが、戸惑っている企業も少なくないかもしれない。なぜなら、障害者の雇用や人材活用に関して、何か正式で具体的なマニュアルがあるわけではないためだ。
特に、雇用率達成に向けて真摯に取り組んでいる企業にとっては、急速に法定雇用率の大幅な引き上げとなれば取り組み意欲が減退し、納付金を支払えばよいというあきらめの風潮を助長しかねない。
「このままだと行政指導の対象になるくらいの労働者の不足数になってしまう。企業側が徐々に増やすなんていうことをしていたら、法定雇用率が上昇していく中で、間に合わないと思いました。そのため、会社は専門に担当する場所を作って、障害者雇用にきっちりと取り組むという判断をしたのです。前からこの障害者雇用の仕事にとても興味があったので、担当ができた時、誰からも声があがらないので、私が挙手してやることになりました」
そう語るのは、同社業務運営部で担当部長を務める岡本孝伸さん(46)。2009年から、障害がある人の活用について考えてきた。発達障害の学会に所属し、発達障害の大学のゼミに参加し、障害のある社員の働く力の向上をテーマに学んでいる。
いったいどうすれば、障害者の方々に継続的に力を発揮してもらえるだろうか。
「まず発達障害の人たちと信頼関係を築くためには、コミュニケーションを密にしなければなりません。よく行っているのは、精神障害の人も発達障害の人も、1日の中で何回か面談みたいなものを入れながら聞き取りを繰り返すことです。そうすれば問題が起こった際、何が原因なのか、落ち着いて共有し誤解のないように確認することが可能になります。やはりコミュニケーションがキーになると思います」(岡本氏)
小児精神神経科医の宮尾益知氏によると、発達障害などがある人の頭の中は、さまざまな考え方がバラバラに渦巻いている状態だとのこと。そのため、仕事の際には与えたいテーマを順序立てて、事前に予告するように話すことが必要だとのことだ。
「知的障害のある人もアスペルガー症候群の人も同じですが、予告することはすごく重要です。特にいつもと違うことをするときは、あらかじめ伝えておくだけで、落ち着きが大きく変わってきます。『明日はこういうお客さんが来ます。そのとき、こういう立場の人が後ろにいますよ』とか、『今日は会議なので、ちょっといつもと違う話をしたいんだよ』ということを話しておくと、落ち着きが得られやすいのです」(岡本氏)
では、逆に障害者側は、仕事をするうえでどのようなことを懸念しているのだろうか。
プラスハーティ業務運営部主査の金山俊男さん(59)は、障害者雇用や育成に携わる中、60歳を目前にして自身が発達障害の「アスペルガー症候群」と軽度の「ADHD」であることがわかったという経験を持つ。60歳手前になって、これまで抱えていた違和感の理由がわかったとのことだ。金山さんは、重度身体障害でもある。
アスペルガー症候群は「社会的なやり取りの障害」や「コミュニケーションの障害」「こだわり行動」の3つの特性があるものの、知的な遅れがなく対人関係の障害が比較的軽度な状態。また、ADHDは「注意欠如多動性障害」で、「不注意」「多動性(落ち着きがない)」「衝動性(よく考えずに行動する)」という特性を持つ発達障害だ。
「会社では目の前で起きている騒ぎを拡大しないよう、もめ事には近づかないようにしています。ただでさえ普段の自分の行動によって大なり小なりいろいろなもめ事を起こすのはわかっていますから、できるかぎり余計なことはしません。人との距離がわからないので、自分の中でヒエラルキーを作っておいて、この人にはこれしか言わない、このレベルの人ならここまではいいとか、そういうものを作って、それに合わせて行動していると自分の中でも穏やかでいられます。
定型発達者同士だったら理解できるんでしょうけれども、男同士でも女同士でも、どうしてあれで会話が成立するのかがわからないという場面に遭遇することが多くあります。ヒエラルキーが作れない状況では、人に何をどこまで話したらいいかわからないので、いきなりプライベートなことを相談して相手を困惑させたり、その後、忌避された経験があります。見極めが困難なことから人に相談することはやめました。これも人との距離感がわからないことに起因するのでしょうね」
金山さんの場合、業務運営部において品質管理担当の主査という立場にあり、管理職として職場を見渡している。一方、障害者としての特性を持っているため、会社側と現場で働く障害者という、両方の立場から考えることができる。相手と話す際には自分の中でパターンを作り上げていて、「相手からあるサインが出たらもうそこでストップ」という決め事をしているという。
「サインはケース・バイ・ケースなんですけども、ひとつは顔の動きです。表情ってあまり気がつかないのですが、私の場合は相手の目の開き方です。目の開き方が細くなってくると、あ、しゃべりすぎているなと判断します。今はよくしゃべっていますけど、それ以外のときは3行までと決めています。それ以上のことはしゃべらないですね」(金山氏)
最近、発達障害はこう接すればいい、といったようなマニュアル本が出ている。しかし、彼らにとってみると、そのとおりにやってもうまくいかなかったから、別の処世術に向かっているというのが本音のようだ。
「そのとおりにできないから、発達障害なんです。まねしようとして、あー、なんでできないんだろうって思うんだったら、見ないほうがいいわけですよ。知識として知っているには問題ないのですが、まねしようとするとキツいです。勝手にアスペルガー三段論法と名付けていますが、『1、マニュアルどおりできないのはダメなヤツ』→『2、僕はマニュアルどおりできない』→『3、僕はダメなヤツ』となって自己肯定感が一気に下がります。1つの成功体験を全員にあてはめて普遍化するのは難しいと思います。それぞれ違いますから」(金山氏)
発達障害の人にとっては、口頭での指示はとてもわかりづらいという。言葉として入ってきているだけで、実際に動くためには頭の中で違うものに置き換えなければならない。話で聞いたときはわかっても、いざ行動となったときにそれが抜けてどこかへ行ってしまうのだ。
仕事の指示に関しては、ホワイトボードなどを使って、その日にするべき優先順位などは図を取り入れて、視覚的に説明すると効果がある。余計な感情をカットし、書くことにするだけで、解決することが多いのだ。
プラスハーティは企業としての具体的な対策として、清掃スタッフで発達障害を含む知的障害のある社員には、仕事のパフォーマンスの質を高めるために「公文式学習」の国語と数学を毎日1時間(各教科30分)取り入れている。この学習は個人個人でできるところから始めるドリル形式の学習で、これを決められた場所・時刻に行うことで、規律正しい社会生活を送るために役立つと考え、実施している。特例子会社だからこそできる、基礎学力が乏しい障害者に対する支援とも言える。
「リハビリ効果を期待して始めたのが最初ですが、特に知的障害者は『急激退行』といって突然老化することがあるそうで、長く働いてもらうために始めました。国語では『論語』、算数では九九の音読を行うとともに、プリント教材も使っています。これにより読み書きと計算という基本能力が得られるだけではなく、言葉でのコミュニケーションの面でも向上が見られています。同時に指導員の成長も著しかったのです」(岡本氏)
また、体を動かすとことを考え、ヨガなども取り入れている。
「会社は安全と衛生を考えなければなりません。安全を考えたとき、転倒のリスクを減らしたいと考え、ラジオ体操ではない、専用の体操を作ってもらおうと思ったのですが、あるときヨガを取り入れればストレスケアにも効くし、補えるものがもっとあると教えていただきました。日々の作業が長年続けられる無理のない動作になっているか、ということを監修してもらう意味でも取り入れています」(岡本氏)
取材をしていると、障害者雇用に関しては、まずはその会社に合った土台となるストーリーを作っていくことが大事だと感じる。「多様性」は、広義でいうと障害者雇用もその中に含まれる。企業の経営者が本気になって「やるぞ!」と言わないと「自分たちはいいことをしている」とか、「道徳的なことをしているんだから」という精神論とか、CSR(企業の社会的責任)で終わってしまう。
一般的なサラリーマンであれば、上司に認められることが出世のための正しい行動だと考える。しかし、発達障害者はそういった行動が苦手だ。たとえ「傑出した特性」を持っていたとしても、組織の中でその強みを発揮することは容易ではない。企業は発達障害の特性を理解し、うまく取り入れながら利益を生み出す体制づくりが求められているのではないだろうか。