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「自分は発達障害じゃない」と言い切れますか うつ病として治療されるケースが実際にある

発達障害の特徴や症状は多岐にわたり、「プロ」の医師ですら見落とすケースがあるのだといいます。さまざまなメディアに取り上げられている発達障害ですが、どの情報を信じたらよいのでしょうか?

発達障害の特徴や症状は多岐にわたり、「プロ」の医師ですら見落とすケースがあるのだといいます。さまざまなメディアに取り上げられている発達障害ですが、どの情報を信じたらよいのでしょうか?(写真:CORA/PIXTA)

さまざまなメディアにおいて、取り上げられる機会が増えている「発達障害」。「ADHD」や「アスペルガー症候群」「自閉症」などのワードを耳にしたことがある人は多いと思いますが、その事実(ファクト)についてどれくらい理解しているでしょうか。発達障害の特徴や症状は多岐にわたり、心療内科や精神科など、医療の現場にいる「プロ」の医師ですら、発達障害を見落とすケースがあるのだといいます。私たちは自分自身が「発達障害ではない」と断言できるでしょうか?精神科医の岩波明氏の最新刊『誤解だらけの発達障害』を一部抜粋して解説します。

発達障害に関する情報は“玉石混交”

現在、発達障害についてはインターネット上においても、雑誌やテレビ番組などにおいても、多くのことが語られています。

こうした医療情報が身近に得られることは、全体としてはプラスの側面が大きいと思います。ただ一方で、それらの記事の内容が“玉石混交”である点は大きな問題です。

ネット情報の中には専門家によるしっかりしたアドバイスも存在していますが、逆に明らかに思い込みによって間違った方向に導きかねないコンテンツも少なくありません。さらに、発達障害の存在そのものを認めないという極端な意見もみられます。

治療についても同様です。薬物療法について、やみくもに攻撃しているものも存在していますし、薬の使用そのものを否定している意見もみられます。そうかと思うと、特定のサプリなどについて、特効薬であるかのように推奨している記事も存在しています。

こうした状況の中で、どの情報を信じたらよいのかという選択については、一般の人にとってはなかなか難しい点が多いと思います。

最近になり発達障害がクローズアップされるようになったのはどうしてでしょうか。

「発達障害は増えているのですか」と、聞かれることがあります。この点について明確なデータはありませんが、増えているのではなく、これまで周囲から認識されていなかった「発達障害」が次第に認識されるようになってきたというのが正しいように思います。

このような変化は、日本の学校や企業社会の変質と密接に関連していると考えられます。元来、日本社会は人と人との関係が稠密(ちゅうみつ)で、他人の「目」を気にする程度が大きいことが指摘されていました。

この日本の社会環境は、一般の人からは幾分ずれた特性をもっている発達障害の人には、そもそも必ずしも心地よいものとはいえませんでした。しかし、一方で日本社会は建前と本音を使い分ける傾向が強く、定型的なことがうまくできない発達障害の人たちも、集団の中では問題にされずスルーされることが多かったように思います。

ところが近年、社会のグローバル化に伴いコンプライアンスを重視し、何事にも透明性が求められる堅苦しい「管理社会」が出現しつつあります。

こうした社会状況においては、物事に柔軟に対処できないASD(自閉症スペクトラム障害)の人や、些細なミスを頻繁に起こしやすいADHD(注意欠如多動性障害)の人は、どうしても不適応を起こしやすくなり、会社や学校で目立ってしまったり、困った存在として認識されやすくなったりしているのです。

発達障害なのに「うつ病」として治療されていた症例

ここでは、うつ病として治療を受けていた成人期の発達障害の女性について紹介したいと思います。

彼女は、大学3年生でした。大学のスクールカウンセラーからの、「うつ病が続いている」「いくつかの心療内科にかかってうつ病の治療をしているがよくならず、大学に来なくなってしまった」という紹介状を持って病院を受診しました。

話を聞くと、大学に入った頃から友達関係がうまくいかなくなり孤立し、さらに先輩の早期引退とともに2年生で大学のバレーボール部の部長になったのですが、うまくみんなをまとめられなかったことに加えて、大学側に活動報告を提出しなかったため、部は廃部になってしまいました。

さらに交際相手ともうまくいかなくなったり、授業にも集中できなかったりしたため、気分が落ち込み、「死にたくなった」「何をしていても涙が止まらない」「眠れない」「気分が落ち込む」「何もやる気が出ない」といった状態になったのです。

このため、彼女は近くの心療内科や精神科に3軒ほど通いましたが、状態は一向によくならず、大学にも行けなくなってしまいました。

診察室では涙を流しながらつらいと繰り返し、何度も椅子に座り直したり、持っているバッグの紐を繰り返し触ったりして落ち着かない様子でした。いろいろな抗うつ薬を飲んで、一時は症状が改善したようですが、交際相手との諍(いさか)いや大学での孤立は続いており、しばらくしてまたすぐに元の状態に戻ってしまったのです。

両親の間に2人姉妹の妹として生まれ、乳幼児健診では発達などの遅れが目立つことはありませんでした。地元の小中学校では成績はよく、友達も多く、本人は「とくに困ることはなかった」と言います。

しかし、理由なく友達が離れていったり、無視されるようなことがあり、数日間学校に行けなくなることが何度かありました。運動は好きで、中学から運動部に入っていましたが、ケガが多く、レギュラーメンバーにはなれませんでした。

大学のバレーボール部が廃部になってしまった理由を聞くと、部の存続のために定期的に提出が必要な書類を出し忘れることが続き、授業の時間割との都合でやりくりできず、部活動の委員会にも参加できないことが続いてしまったといいます。

また大会の申し込みを忘れてしまい、部員が大事な大会に参加できず顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまったこと、部員全員に連絡をして定期の集まりを開催したり、練習場を予約したりすることもできないことなどが原因でした。

個人的な生活では実家を出てアパート暮らしをしていましたが、部屋の掃除や片付けができず、交際相手からは「雑すぎる」「なんで最低限の片付けもできないのか」「やるって言ってやらないのをやめてほしい」などと繰り返し言われました。本人もすぐカッとなり、相手に対して言うつもりのないことを口走り、ひどいけんかになってしまったということです。

本人の前で「髪の毛が5本ですね」

その後、母親とともに来院してもらい、詳しく発達歴を尋ねたところ、「おっちょこちょい」「我慢弱い」「思い立ったらすぐに行動する」子どもで、よく順番が待てずに列に割り込んでしまったり、小学生のときはしゃべりすぎてよく先生に怒られたり、忘れ物が多く、ぐちゃぐちゃになった提出プリントが期限を過ぎてランドセルから発見されることも珍しくなかったということでした。

また、思ったことをすぐに発言してしまう癖もあり、親戚のおじさんが訪ねてきた際に「髪の毛が5本ですね」と本人の前で発言し、母が大恥をかいた出来事も話してくれました。

これらの幼少期の様子からは、不注意と衝動性があることがわかります。本人に改めて、思っていることをすぐに口にしたり、ほかの人の話に割って入ってしまうこともあるのではと尋ねると、「小さいときからそうだったから、あんまり考えなかったけど……」と前置きした後に、振り返ればこれらが原因で友人関係が悪化してしまった可能性があるということでした。

とくに大学に入ってからは、これまでの気心が知れた仲間ではなく、まだあまり親しくない友達にも過度に話しかけたり、自分の話ばかりしたり、「すぐツッコミを入れまくった」ため、皆が離れていってしまったようでした。

以上の結果から、彼女はベースに不注意優位型のADHDがあり、うつ病を併発したと考えられました。

実家でのサポートのある生活や、ある程度枠組みがはっきりし、言われたことをこなしていればよかった高校までの生活では、不注意や衝動性が大きな生活上の支障に至らずに済みましたが、大学生になって単身生活をすると家事をこなせなくなり、部活で管理者としての活動を求められるようになり、ADHDの不注意や衝動性の症状が大きく問題になるようになったのです。

忘れっぽさや計画性のなさ、先延ばし傾向、整理整頓が苦手、などの症状もさらに状況を悪化させ、次第に思いつめるようになり、うつ病を発症したのです。抗うつ薬で一時的に抑うつ気分や意欲低下、不眠、不安感などは改善しましたが、ADHDの症状によりトラブルは持続し、うつ状態が再発し大学に行けない状態となりました。

そこで、ADHDの治療薬であるアトモキセチンの服用を開始し、漸増したところ、次第に活気が戻り、さらに先延ばしや忘れっぽさ、計画のなさなどによるトラブルも減少していきました。部は廃部になったまま再開できなかったものの、交際相手にADHDの特性を話し理解してもらったことで、比較的安定した状態で大学に通えています。

進学や就職をきっかけに顕在化しがち

この症例は、発症時よりうつ病と診断され抗うつ薬による治療を行っていましたが、ベースにみられたADHDは見逃されていました。この女性は、抗うつ薬の内服加療で、うつ病と考えられていた症状は一定の改善をみせたものの、他者との人間関係や管理を必要とされる環境や課題での問題は蓄積する一方で、うつの症状は再燃してしまいました。

これまでの診療では、詳細な小児期の生活歴の聴取は行えていませんでした。家族を呼んで過去の生活歴を確認し、日常生活や大学生活での具体的な困難や問題を聞いたところ、うつ病の背景にADHDがあることが見いだされ、ADHDの治療薬であるアトモキセチンの投与で、ADHD症状だけでなく抑うつ症状も改善を認めました。

このように、大学に入ってからや、社会人になってから、より複雑な人間関係に直面したり、管理された会社の環境下に置かれ、ADHD症状による問題が爆発し、不適応を起こし、さらにうつ病や不安障害を発症してしまうことは珍しくありません。

また、女性は結婚などで、男性に比べてより家庭で家事などを任されることが多く、これを上手にこなせないことで問題が顕在化することもあるのです。うつ病や不安障害だけとせず、つねに裏に隠れる発達障害を見抜けるよう意識をすることがとても大切といえます。


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