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「女子の発達障害」はなぜ親も医者も見逃してしまうのか?

母の娘への理解不足

男子に比べると本人も周囲も気づきにくい女子の発達障害。そのため対応が後手に回りやすく、大人になってから生きづらさが増していきます。周囲にいる人は発達障害の女子、女性にどのような対応をすべきなのか。医学博士の岩波明先生に教えてもらいます。

「発達障害」についてのよくある誤解

女性の発達障害についてお話しする前に、まず「発達障害」という言葉にまつわるよくある誤解について解説しましょう。発達障害についてしっかり理解されていないと、いくら説明をしても正しく認識されない可能性があるからです。

 【誤解1】「発達障害」という疾患がある

→「発達障害」は総称で、そこにはさまざまな症例が含まれる

 「発達障害」という個別の疾患があると考えている人が多いようです。それはよくある、しかし重大な間違いです。

発達障害の定義は、「生まれながらにして脳機能になんらかの偏りがあり、その偏りによって生活上さまざまな問題が生じること、とりわけ大人になってからは仕事上の問題が生じること」です。

つまり、「発達障害」とは総称であり、「発達障害」に含まれる状態には、さまざまなものがあります。

具体的には注意欠如多動性障害(ADHD)、アスペルガー症候群などが含まれる自閉症スペクトラム障害(ASD)、限局性学習障害(LD)が主要なものです。

【誤解2】発達障害は治せるものだ

→発達障害は生まれつきのものなので、「治す」という表現は不適切

発達障害は生まれつきのものなので、発達障害を「治す」という表現は適切ではありません。発達障害の特性を理解して、日常生活における問題が「表面に出ない」ようにすることが、発達障害における「治療」にあたります。

発達障害の特徴はその人の個性でもあり、それによるトラブルを減らすことはできても、症状そのものをなくすことはできません。

また、思春期あるいは大人になってから発達障害が生じるということもありません。近年、「大人の発達障害」が注目されていますが、大人になってから発達障害になることはないのです。

子どものころには目立たなかった症状が、大人になってストレスの強い状態に置かれたことで顕在化する。それが大人の発達障害です。

【誤解3】発達障害を持つ人には特異な才能がある

→特殊な才能を持つケースは発達障害の人全体の5%以下

たしかに、発達障害には「光」の部分があります。コロナ騒動下では、台湾のIT担当大臣オードリー・タン氏が脚光を浴びました。

男性として生まれたオードリー氏は、20代で性転換を受けて女性となりました。学校にもなじめませんでしたが、10代で起業するなど早くから高い能力を発揮し、35歳のとき史上最年少で入閣しています。タン氏には発達障害のプラスの特性が明確に見られています。

また、モーツアルトやアインシュタインなど、発達障害の特性を持つと思われる人々が芸術や科学に新しい光を吹き込み、社会を大きく変革してきたことはたしかです。

ただ、発達障害を持つ人の全員が全員、天才というわけではありません。割合を見れば、特殊な才能を持つケースは発達障害の人全体の5%以下と考えられています。

発達障害を持つ人からは、「発達障害だからといって天才だと思い込まないでほしい」といった要望の声もあります。

「女子の発達障害」に特有の生きづらさとは

以上をふまえて、「女性の発達障害」について説明していきます。最初にお断りしておきたいのですが、人数の上で、男性よりも女性に発達障害が多い、という事実はありません。

明らかにASDは男性優位です。さまざまなデータがありますが、ASDについては7〜8割以上が男性、あるいは9割が男性という報告もあります。ADHDは、以前は男性に多いとされていましたが、今ではそれほど男女差がないことがわかっています。

数が多いとは言えませんが、「女性の発達障害」には独特の悩みがあります。そのひとつが、「見逃されやすい」こと。そのため発見が遅れがちです。ASDはそもそも女性は少ないため、これは特にADHDが中心の話になります。

ADHDの特徴である多動・衝動性は、幼少期や児童期の男子によく見られるものです。その特徴として、授業中にじっとしていられない、よくケンカをする、感情が爆発する、といったことがあげられます。このような症状によって、発達障害を抱えていることを周囲も気がつきやすいのです。

それでは、女性においてはどうでしょうか。もちろん、ADHDの女子に多動・衝動性がないわけではありません。基本的な症状は男性と同じです。

しかしその程度は軽く、一般的に男子ほどは多動・衝動性が目立ちません。また筋力も男子ほどではないため、もし暴力的な行為があっても大きなトラブルに発展することはまれです。学校の先生も、きつく叱ることはないでしょう。

またASDにおいても、同様のことが見られます。ASDの女子は比較的症状が軽度で男子のように目立つ問題を起こすことは少ないため、単に「おとなしい女の子」として扱われていることが珍しくありません。

このような理由から、どうしても女性の発達障害は見逃されやすく、実際よりも女性において頻度が少ない、と判断される傾向があるのです。

そうして発達障害の発見が遅れることになると、対応が後手に回りがちです。本来なら、早くから自分の特性を理解して、「こうすれば楽に生きられる」という対応策を身につけていくのが理想です。あるいは自分の特性を逆手にとって、ポジティブに利用していくことも可能となります。

けれども、発達障害の女性は、自らの特性によって、人とのコミュニケーションにおいて深刻なトラブルを招きやすいことや、苦手なことがあるということを理解しないまま思春期を迎え、やがて社会に出て行きます。

多くの場合、この時点で初めて、「生きづらさ」を強く感じるようになるのです。

さらに、結婚して妻、嫁、母など求められる役割が増えるにつれて、その生きづらさも増していきます。仕事や家事、育児に難しさを覚えてから、ようやく自らの発達障害を自覚するケースは珍しくありません。

「女の子らしく」ができない

女性の発達障害ゆえの悩みの、もうひとつ大きな問題としてあげられるのは、周囲から「責められやすい」ことです。

発達障害が原因で社会生活に問題が生じると、周囲から「だらしないからだ」、「努力不足だ」と責められることがしばしばあります。

それがもとで自己否定的になりがちで、自己評価が低くなり、うつ病や不安障害など、精神的な不安定さを二次的にきたすことも珍しくありません。

このような二次的な障害については、それだけを見れば、女性も男性も同様に見られます。しかし、女性のほうが「女の子なのに」と強く責められる傾向にあることが大きな問題です。

日本社会においては、男女のジェンダー・ロール(性役割)が非常に固定的です。明るくて、にこやかで、気配り上手で、常に男性を立てる。そんな女性像に縛られています。

いわゆる「やまとなでしこ」が、いまだに日本女性の理想像なのです。日本の男性は、若い世代においても、このようなイメージを女性に求めていることが珍しくありません。

「家事は女性がやるべし」という風潮も、男女雇用機会均等法が施行されて30年以上が経つにもかかわらず根強く残り、男性側もそれが当然だと思っています。

夫婦共働きの家庭においても、多くの場合、家事と育児は妻が担当しているのです。夫が家事や育児に協力しているといっても、ほんのわずかな部分しか担っていないケースがしばしば見られます。

ところが、発達障害の女性の特性は、そうした「男性が求める女性の役割」とは正反対であることが多いのです。それが「女性なのに」と責められる原因です。

結婚して妻や嫁、母など求められる役割が増えると、それが顕著になります。期待されるのは、いつも明るくにこやかで気配り上手な女性でいることですが、ASDの人は対人関係が上手でないため、親戚やご近所のつきあいができず、孤立してしまいます。

ADHDの人は片づけが苦手で、家事全般も不得意です。また悪意はないものの不用意な発言が多く、問題とされることもしばしばです。

職場でも、お茶出しのような雑務は女性に期待されがちです。入社3年目のある女性は、「雑務担当の女性が欠勤しているとき、新入社員や2年目の男性社員もいるのに、お茶出しを期待されるのは私になるんです」と述べていました。こういう風潮は日本の職場には根強く残っています。

問題が顕在化するのは思春期以降

幼少期には見逃されやすい女子の発達障害。彼女たちの問題が顕在化してくるのは、多くが思春期に差しかかってからです。

通常の知的能力の持ち主なら、発達障害の症状があっても、本人の努力で対応できる範囲も少なくありません。多くの場合、小中学校あたりまでは、そこそこ乗り切れることが多いようです。

例えば、ADHDの特性により試験でケアレスミスを連発しても、問題を解くスピードが速ければ、そのぶん見直しに時間をかけることで修正がききます。

しかし思春期以降は、しだいに勉強が難しくなり、対応が追いつかなくなります。その頃にはクラス内の人間関係も複雑になっています。しぐさや表情から相手の気持ちを読み取れないASDの人は、周囲から「変わった人」と扱われることも増えてきます。

こうして社会の荒波にさらされるようになると、いよいよ発達障害の特性がはっきりしてきます。段取り下手でスケジュールが守れない、予定が狂うとパニックを起こす、遅刻を繰り返す、などです。あるいは、周囲と協調することができない、上司の指示に従えないなどの問題も見られるようになります。

発達障害の人の多くは、標準以上の知能を持っています。そのため、ある程度の業務はこなせるのですが、得手不得手は明らかです。社会人1〜2年目で不適応を自覚して、精神科を受診するというパターンが目立っています。

社会そのものの変化が必要

発達障害を抱えている女性にとって、今の日本社会は暮らしにくい面が大きいと思います。発達障害の女性が「責められやすい」のは、結局のところ、女性の社会的地位が低いから。女性進出が進んでいる欧米社会と比べると、日本はあまりに遅れていて、驚くほどです。

数年前、医学部の入試における男性の優遇が問題となりました。実はこの問題は根が深く、単に入試制度だけの問題とは言えません。医療の世界においても、一般の会社と同様に、長時間労働をいとわずに働く人材が求められています。

さらに、結婚すると女性は、妻、嫁、母といった固定的な「女性の役割」に縛られていき、自分の特性を生かせる環境へと戻れなくなります。

「女子の発達障害」という問題を解決するには、本人の努力や医師の治療だけではなく、女性をとりまく社会そのものの変化が求められているのです。

PROFILE 岩波明
昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より現職。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『他人を非難してばかりいる人たち』(幻冬舎新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。


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