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ひきこもりの兄弟姉妹がいる場合、遺産はどうわければいいのか。ファイナンシャルプランナーの村井英一氏は「当事者1人が戸建てに住み続けると、不公平になってしまう。両親が元気なうちに当事者をワンルームマンションなどに住み替えさせたほうが、ほかの兄弟姉妹の支援も受けやすくなる」という――。
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「兄(44歳)が発達障害で仕事ができず、両親と暮らしています。今後、兄が仕事をしなくても生活していけるのかが心配です」
最近、ひきこもりや心身の障害などで働けない家族の兄弟姉妹からの相談が増えています。私はファイナンシャルプランナーとして、家族の生活設計の相談を受けていますが、今回は働けない5歳年上の兄の将来を心配する長女(39歳)からの相談事例をご紹介しましょう。
実は、兄弟姉妹からの相談は、お断りすることもあります。両親の協力が得られない場合です。私たちファイナンシャルプランナーができるのは、あくまで資金的な面での生活設計の提案です。ひきこもりや障害で働けない方の生活設計を考えるには、同居している両親の資産状況や収入、支出の情報が必要です。それに基づいて将来の家計状況をシミュレーションします。
すでに別居している兄弟姉妹からのご相談ですと、実際の家計状況がなかなか把握できません。それだけに、両親にも加わってもらい一緒にご相談を受けていただくことが大切です。今回のケースも、結婚・独立し、近くの街に住む長女に両親を連れてきていただきました。
◆家族構成
・父親:75歳(年金生活) 年金収入210万円
・母親:73歳(年金生活) 年金収入90万円
・長男:44歳(無職)障害年金78万円
・長女:39歳(相談者:結婚して、近隣都市に住んでいる)
◆資産(両親)
・預貯金:1600万円
・自宅:一戸建て(持ち家)
お話を伺うと、長男は小さい頃から発達障害でコミュニケーションに難があり、仕事をすることは難しい状況です。身の回りのことは普通にできますが、経済的には自立は難しい状況です。今は年金生活の両親(父75歳、母73歳)と同居していますが、両親亡き後、生活を維持していけるかが心配です。
「私はいいんですが、私の子供にまで負担をかけるようなことは避けたいんです」
長女は、長男を生涯にわたって経済的に援助しなければならないのではないかと心配しています。母親も申し訳なさそうにつぶやきます。
「この子(長女)には申し訳ないんだけど、お兄ちゃんに多めに預貯金を遺してやらなければならないですね」
私はこう答えました。
「ご両親が亡くなった後、何かあれば、妹さんが頼りになります。それだけに、できるだけ財産は公平に残してあげたいですね。でも、それが難しい場合は、妹さんにある程度がまんしてもらわなければならないでしょう」
兄弟姉妹のうち、1人がひきこもりや障害などで働けない場合があります。その場合、両親はその子に財産を多く遺すことを考えがちです。しかし、経済的な面ばかりでなく、行政の援助を受ける場合や、医療を受ける場合など、さまざまな面で兄弟姉妹の助けを借りる場面が生じます。そのため、できれば公平に遺産を相続するようにすることがベストだと考えています。
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その際に問題となるのが「自宅」の取り扱いです。多くの場合、働けない子どもと両親が自宅で同居していて、ほかの兄弟姉妹は独立しています。そして、働けない子どもが、独立できないままに自宅に住み続けることになります。
そのため、両親亡き後も4LDKの庭付き一戸建てといった広いスペースの家に1人で住み続ける、といったケースが少なくないのです。両親が亡くなるころには子供たちも40代~50代の年齢になっています。ひきこもりや障害のある人にとっては、引っ越し自体が難しくなり、結果的に広い家に一人で住み続ける、というもったいない状況になってしまいます。遺産分割では、公平性を重視すると、
自宅⇒ひきこもりの子
預貯金⇒ひきこもりではない子
となります。これでは、ひきこもりの子は自宅があるものの、生活費が不足してしまいます。一方、ひきこもりの子の生活を重視すると、自宅+預貯金⇒ひきこもりの子
ひきこもりではない子は、ほとんどなし
となり、かなりアンバランスな相続となります。これでは、その後に兄弟姉妹の協力が得にくくなります。
そこで私は、できるだけ働けない子どもをできるだけ自宅から出すように方法を提案しています。経済的には自立ができないので、援助をしなければならないのですが、自宅に居座り続けられないようにするためです。
一人暮らしであれば、中古のワンルームマンションで十分です。自宅を自由に使える状態にしておき、ひきこもりではない子どもが相続します。そうすれば、ひきこもりの子にはワンルームマンションの一部屋といくらかの預貯金を遺してあげることができます。自宅を相続した兄弟姉妹は、自宅に住むのであれ、売却するのであれ、家族の状況に合わせて利用ができます。いずれにしろ、広い家で一人暮らしをする非効率さは避けられます。
ワンルームマンション+預貯金⇒ひきこもりの子
自宅⇒ひきこもりでない子
自宅の評価額と預貯金額にもよりますが、兄弟姉妹でおおむね公平に相続をして、さらにひきこもりの子が生活費を確保できます。
ただ、このやり方は生活費が二重にかかり、支出が多くなるのが難点です。両親とひきこもりの子どもが同居で生活するよりも、別居で仕送りをするほうが、支出は増えます。その結果、十分な預貯金を遺せない場合もあり、シミュレーションでの確認が必要です。
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今回のケースで実際にシミュレーションをしてみると、なんとか長男の平均寿命ぐらいまでは貯蓄(1600万円)が枯渇せずにすみそうです。しかし、それほど余裕はなく、場合によっては資金不足となる可能性も否定できません。
私は、両親と長女にアドバイスしました。
「二重生活による支出の増加を少なくするためにも、ご長男の別居はできるだけ遅いほうが良いでしょう。ただし年齢が高くなるほど、転居をするのがおっくうになるものです。そのままご自宅に居続けると、ご自宅での一人暮らしになってしまいますので、タイミングが難しいところです」
すると、長女から思いもかけない提案がありました。
「将来、兄と私たち家族が同居するのはどうでしょうか?」
長女の提案によると、両親が健在なうちは、今のまま両親と長男で自宅に住んでもらい、両親が亡くなったら、そこに長女の家族が入るというのです。首都圏では住宅の販売価格が高くなっているので、自宅を相続できるのであればそこに住みたいと思っています。
トイレや小さなキッチンを2階に設け、2世帯住宅のようにすれば、同居は可能だと考えています。むしろ、同じ家に住むことで、何かあった場合でもすぐに対応ができます。相続は、自宅の持ち分の半分+預貯金の半分⇒長男
自宅の持ち分の半分+預貯金の半分⇒妹
となり、遺産を公平に分けた上で、長男に預貯金を遺すことができます。
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通常は、1つの不動産を共有で2人が相続するのは良くないとされています。はじめは兄弟姉妹での共有ですが、その次にはいとこ同士となり、さらには遠い親戚との共有になり、関係性も薄くなります。売却などでは両者の合意が必要になり、トラブルとなることが少なくありません。
しかし、この家族の場合、長男には配偶者も子どももいませんし、今後もその見込みはありません。長男が亡くなると、自宅の長男の持ち分を相続するのは、長女または長女の子どもです。その時点で共有は解消されることになります。
シミュレーションをしてみても、マンションを購入し、二重生活を送ることによる支出増がなく、より多くの資産をお子様たちに残すことができます。
「これであれば、経済的な面でも、生活の上でも、安心ですね」
両親が亡くなり、長女の家族が同居するのはまだまだ先の話です。今後状況の変化もありますので、けっしてこれですべてが解決したわけではありません。しかし、ひとつの方向性が見えたことで、両親はもとより、長女も前向きに考えることができました。
両親は、長男ができるだけ自立した生活を送れるように、早めのに自宅の改修することを考えています。今回は、兄と妹の関係性が良いために、選択できた住まい方です。兄弟姉妹の関係が悪いことも多く、これは珍しいケースかもしれません。私にとっては、いろいろな可能性が考えられることを教えてくれたご相談事例です。