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精神的な「苦痛や依存」を語り合うことの効果 北海道「べてるの家」の当事者会研究とは何か

「べてるの家」の理事を務める北海道医療大学の向谷地生良教授は、北海道のみならず全国を回り、当事者研究を軸にした対話の必要性を訴える講演や共同研究を行っている(写真:江連麻紀)

北海道浦河町にある「べてるの家」。精神障害などを抱えた人たちが、苦労を抱えたまま病院ではなく地域で生きていこうと1984年に生まれた、当事者の起業を目指した地域活動拠点だ。そのべてるの家で行われているのが、依存症や精神的な苦労を抱える人たちが、深刻な苦労を明るく語り合い励まし合う「当事者研究」である。

今や家族の中の対話「家族会議」としても取り入れられている「当事者研究」を広めてきたのが、ソーシャルワーカーとして支援しながら「べてるの家」の理事を務める、北海道医療大学看護福祉学部の向谷地生良教授である。

対話によって周りと関係を持って生きていける

「べてるの家は、いわばみんなが家族なんです。メンバー(精神障害などがあり、べてるで働いたりミーティングに参加したりする人たちのことを指す)の中には、親も祖父母もそのまた上の代も依存症に苦しんできた歴史を持っています。でも彼らは、対話をすることで、そうした精神的な苦しみを持ったまま、それなりに周りと関係を持ってちゃんと働いて生きていけるようになったんです」

当事者研究はそもそも、依存症や統合失調症など深刻な問題を抱えた人たちが、自分たちの問題を“研究”して語り合うために生まれたものだ。

病院の精神科に入院すると、何十年も出てこられない人が多いという中で、向谷地教授は、数名と病院を出て地域で暮らし始めた。地元日高の昆布を販売するなど経済活動も自分たちで行い、ともに暮らす「家族」として病を語り合ってきた。

「精神障害のある人たちの生き死にに関わるような重いテーマは、これまで医師や心理士など専門家が支援することで預かってきた。でも支援者が困っている人を助けようとする、一方通行の構造や人間関係には無理があったんです。だからあえて私たちは、自分の問題を研究し語ることで、自分たちの生きる苦労を取り戻そうと、試してきたんです」「べてるの家」のミーティングや当事者研究で大切にされている柱。「ともに」というのは同じ精神疾患を持つ当事者だけでなく、医療・福祉の専門職員や家族、地域の人々も含まれる

(筆者撮影)

統合失調症患者の抱える幻覚や幻聴を「幻覚さん、幻聴さん」と呼んで仲良く付き合う、仲間の依存症が強くでてしまったら「順調に苦労してるね」と称え合う。弱さを開示し合って明るく日常を語り合い、精神的な問題を抱える当事者同士が生きる知恵を出し合うのが当事者研究だ。

もちろん、普通の家族会議と、べてるで行われている当事者研究はそのテーマの重さにおいて、同等ではないかもしれない。だが、弱さを持って生きているのは何も精神的な疾患や障害を抱えている人たちばかりではない。生きていれば誰でも、弱くなるときがある。その弱さが家族の中で語り合えるかどうかで、家族の関係は変わる。

「一般の家庭で行われる家族会議では、テーマ自体はもっと素朴かもしれないですね。でも、日本の昔ながらの『男は口数が少ないほうがいい』『おじいさんやお父さんが決めることが絶対』というような家族のあり方から、少しずつ意識が変わって、大人も子どもも気軽に話ができる場を持つ人がでてきたのは、すごくいいことだと思います」

向谷地教授自身も、家族との対話を大切にしてきたという。

向谷地家には4人の子どもがいる。全員がすでに成人しており、3人は実子で1人は里子だった。ほかにもべてるのメンバーの間に生まれた子どもたちを何人も預かりながら生活をしてきた。

キーワードは「情けなさ」

「今から15年ほど前に、メンバー間で子どもがどんどん生まれてベビーブームがあったんです。でも親はなかなか自分で育てられる状態じゃない。そうした子どもたちをうちだけでなく地域で預かってみんなで育ててきました」

いろんな事情で家にやってくるメンバーの子どもたちと、向谷地家の子どもたちは一緒になって育った。深刻な悩みと戦いながら生きている人がいる、いろんな大人がいて、いろんな状況に置かれた子どもがいることを、向谷地家の子どもたちは当たり前のこととして生活の中で学んでいった。

「べてるのメンバーが抱える家族の苦労を、家の中でよく話して聞かせていましたね。経済的にも貧しい中で、家族関係にも恵まれずに育った人たちだけど、その経験のおかげでいろんな人に出会い新しい関係を築こうとしているんだ、ということも。

とはいえ精神の苦労を抱えた人たちと、地域で暮らすというのは、簡単なことじゃない。散々な目にあって失敗もしました。そうした私の弱さも全部話してきました。それに私が遅刻や忘れ物の名人だってことも。そんな話をすると、子どもたちは目を輝かせて聞いてくれましたよ(笑)。とにかくキーワードは”情けなさ”。親は、頼りなくて機嫌がいいのがいちばんいいと思って子どもと対話してきましたね」

べてるでは、今、第2次ベビーブームの兆しがあるという。

「最近も、メンバーのカップルが赤ちゃんを授かったんです。お母さんはエイリアンやおばけの幻覚がある人で。赤ちゃんのお父さんを宇宙人だ、と言っているんでね(笑)。普通だったら、病院で薬を飲まされて、暴れたらすぐ拘束されてしまいます。でもそんな彼女も対話をすることで、落ち着くことができる。赤ちゃんは今また、べてるの関係者みんなで育てています」

第1次ベビーブームのときに、みんなで育てた子どもたちは、思春期や成人期を迎えている。それぞれが自分たちの進む道を見つけ、“普通に”成長しているという。 

親が弱くても、苦労を抱えていても、みんなで対話をすること、周囲が見守っていくことで、精神的な障害や依存の連鎖は絶たれていった。

べてるの例を自らの家族会議に取り入れたい

「十数年前にみんなで育てた子どもたちが、大きくなって何の依存症にも悩まされず大きくなった。成人してちゃんと働いたり家族を持ったりしているんです。

親はたまたま大変だったけど、いろんな大人がいて守られているとわかっていたからです。苦労の詰まった人たちが対話をすることで解決していった例をたくさん見てきました。対話には、人間が人間らしく生きるための要素が詰まっている、と思います」と向谷地教授は言う。大きな模造紙にマジックカラーペンで、家族の問題について話し合う参加者たち。15分の制限時間を大幅に超えるほど盛り上がった

(筆者撮影)

そんなべてるの当事者会議を自らの家庭に取り入れようという人も少なくない。3月末にべてるの家で開かれたイベントには、50人以上が参加。

中には登校拒否、引きこもり、発達障害、親子関係の歪みなど、さまざまな家庭の問題を抱えた人たちもいた。だが、「家族会議をしたいが糸口がつかめない」「どんなことを話せばいいかわからない」と参加者たちは口々に言う。

当日、参加者から出た悩みはざっとこんな内容だ。
・思春期の子どもとの会話の糸口がない。
・自分の思うことを家族の前でうまく言えない。
・完璧な親だと思われていて、顔色をうかがう子どもたちが悲しい。
・ケンカが多く、仲直りのきっかけがわからない。
・それぞれが自分の話したいことだけ話している。
・年老いた両親との距離感がわからない。

家族だからこそ抱える悩みが、家族だからこそうまく解決できていない。そして誰もが「家族でもっと話したい」と思い合っている姿が、見えてきた。

最初は聞く。これが対話の基本ですね。聞くことと、自分が話したいことを分けるんですね。まずは相手の話を聞いて、そして自分の話も聞いてもらう。だんだんそれが対話になっていけばいいですよね」と向谷地教授。

家族をつくることは大きな実験

「普通の雑談や会話から話を深めていってもいいし、家の中で困ったことがあるなら『お母さん、こういう家事や人付き合いは苦手なんだよね』と話してもいい。親が自分の苦労を話せるようになれば、子どもたちは聞いてくれるし、安心して自分のことを話せるようになるはずですよ。完璧な親の前で、子どもは話などできません。家族会議をするなら、親はちゃんと情けないものだと子どもに伝えないとね(笑)」

昔ながらのスタイルで、家父長制が強い家もあるだろう。親が忙しく、あまり話せない家族もあるだろう。親が子をついコントロールしてしまう家もあるだろう。

「家族の対話なんて、最初からうまくいくわけないですよ。言葉だけでなく団欒から始めてもいい。ケンカをしたり、親が押し付けるようなことを言ってしまって失敗してもいい。少しずつどういう家族会議が自分の家族にとってベストな対話のあり方かを探っていく。そのプロセスこそが大切なのであって、楽しいんだと思います」

家族をつくることは大きな実験だ、と向谷地教授はいう。うまくいかない。苦労も多い。その苦労をどれだけほかの家族のメンバーと分け合えるか。それが家族会議の醍醐味だ。


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