障害者、社会的に困っている方などに向けたHelpサイトです

中年ひきこもり“最後は生活保護”の是非ひきこもり27年目の逆襲 後編

44歳ひきこもり「僕もお金を稼ぎたい」 ひきこもり27年目の逆襲 後編

自分の老後に不安を覚えた44歳の長男。ひきこもり生活27年目にして、ようやく「前」を向き始めたが、自身は精神疾患の疑いがあり、父は70歳、母は68歳の年金暮らし。貯金も乏しい。まさに待ったなし。長男の老後について、ファイナンシャルプランナーが立てた「サバイバルプラン」の内容とは――。

親は年金生活。貯金500万円。44歳のひきこもりの老後計画

「私たちが死んだあと、息子はどうしたらいいのでしょうか」

埼玉県在住のIさん(70歳)から“SOS”が入りました。ひとりっ子の長男は現在44歳。高校2年の時に「勉強についていけなくなった」と留年・中退し、そのままひきこもりになってしまいました。その生活もすでに27年目です。

長男には精神疾患の疑いもありますが、最近は自らの「老後」を考え、就労支援の仕組みを知ろうとするなど、人生に前向きな姿勢を見せています。ただ、Iさんも奥さん(68歳)もすでに年金暮らし。しかも、一家の貯金は500万円だけだといいます。

長男の「サバイバルプラン」を立てるには待ったなしの状況です。さっそく、家族全員で将来のお金の見通しを確認することにしました。

▼長男が86歳まで生きたとして試算すると

家族と話し合った結果、平均余命をもとに年齢は以下のように設定しました。

父(Iさん):現在70歳。86歳まで存命として
母:現在68歳。90歳まで存命として
長男:現在44歳。86歳まで存命として

お母さんが90歳になったとき長男は66歳。ここから長男のひとり暮らしが始まるものとして、長男の収入、支出、66歳から86歳までの20年間の生活費を試算し、「不足額」を計算してみました。

【長男の収入】

長男の収入は65歳から支給される公的年金(老齢基礎年金)のみ
老齢基礎年金:年額78万円
※60歳まで国民年金保険料を納めているものとしています

【長男の支出】

長男のひとり暮らしの支出は、話し合いの結果以下のようにしました。

生活費:月額10万円
家賃など:月額4万5000円
年額:174万円

【生活費の不足額 66歳から68歳までの20年間】

(収入78万円-支出174万円)×20年=1920万円

ざっくりした計算ですが、長男には1920万円のお金を残してあげる必要がありそうです。

試算すると長男の生活費の不足額は1920万円

おさらいをすると……。

収入:78万円
支出:174万円
1年間の赤字額 ▲96万円
66歳から86歳までの生活費の不足額 ▲1920万円

次に、家族の財産、収入、支出の確認をしていきました。まずは財産からです。

【ご家族の財産】現預金 500万円※その他の財産はなし

次に家族の収入の確認です。

【家族の収入の推移】 

父●現在:公的年金 210万円/父亡き後:なし
母●現在:公的年金 74万円/父亡き後:190万円
収入合計●現在:284万円/父亡き後:190万円
※公的年金以外の収入はなし
※父亡き後の公的年金収入は遺族年金も含めています

次に家族の支出の確認です。

ご相談いただく前の支出は、年額392万円で毎年100万円以上の赤字が出ていました。貯金は500万円でしたので、5年でそれも底をつくことになります。

そのため、2カ月前の1回目の相談ではとにかく赤字を縮小することだけを目的に話し合いました。話し合いの結果、長男の「小遣いの見直し(6万円→3万円)」「住み替えの検討(郊外の安い賃貸物件へ引っ越す)」など支出を年間290万円まで抑えることができました。

ここまでの話を整理をすると、年間の収入が284万円、支出が290万円。よって赤字は6万円まで縮小することになります。当初は年100万円の赤字だったので、かなり支出を削ったことになりますが、残念ながら、長男の生活費の不足額(1920万円)を準備することはかなえられません。

他に何か手はないものか? 支出の一覧表を見つめながら考えました。見直すとなると、あとはここしかないなぁ……。私は心の中でつぶやきました。

長男の生活費の不足額1920万円をどう捻出するか?

「ご長男の将来の生活費を捻出するためには、こちらの支出も見直す必要があると思います」

私は支出の一覧表にある「車関係費」を差しながら言いました。

「もちろん、車がないと生活できないのであれば無理に手放す必要はありません。住み替え先は駅から遠くなるでしょうから、やっぱり車がないとだめですよね?」

すると、Iさんは言いました。

「私も同じことを考えていました。実は今は車にほとんど乗りませんし、私もそろそろ年ですので車の買い換えもしない予定でした。お恥ずかしい話、車を手放すタイミングが見つけられず、ここまできてしまいました。ご心配いただいている住み替え先の移動手段ですが、住み替え先では市内循環バスなども走っているので、そちらを利用するつもりです」

「ご長男は大丈夫ですか? 例えば通院するのにバスとか電車に乗ることになるかもしれませんが、パニックになったり気分が悪くなったりすることはありませんか?」

私は長男に聞いてみました。

「満員状態はさすがに無理ですけど、すいている時間帯に利用すれば大丈夫だと思います。移動は車でなくても構いません」

▼車を手放したことで月3万5000円が削れた

家族と話し合った結果、車は思い切って手放すことになりました。車関係費は、駐車場代、ガソリン代、税金、車検代、保険代など月平均では3万5000円ほどになっていました。この3万5000円のうち、2万5000円を長男の将来の生活費に回し、残りの1万円は交通費や予備費に充てることにしました。

また、Iさんが亡くなった後、家族の収入は190万円になります。その時点で長男は60歳をすぎている見込みのため、国民年金保険料の納付は終了しています。生活費なども長男と母親の2人分になるため、長男のための月2万5000円の貯蓄はなんとか続けられそうだということがわかりました。

仮に今から母親が亡くなるまでの22年間で毎月2万5000円の貯蓄をしていくとすると、2万5000円×12カ月×22年=660万円のお金は準備できることになりそうです。

「長男の小遣いから少しでも将来のための貯蓄ができればなおよいのですが。検討してみてくださいね」
「わかりました。頑張ってみます」(長男)

仮に小遣い(現状3万円)から月1万円を貯蓄に回した場合、1万円×12カ月×22年=264万円。

つまり、先ほどの660万円と合わせると924万円になります。長男のひとり暮らしの期間(66歳〜86歳)の生活費の不足額は1920万円でした。まだ1000万円足りません。

足りない1000万円は生活保護に頼る可能性大

仮に長男が障がい年金を受けられるようになったり、就労による収入が得られるようになったりすれば、不足額の1000万円が準備できるかもしれません。しかし、障害年金がもらえるかどうかは請求してみないとわかりません。就労できるようになるかどうかは今のところわかりません。

では、もし不足額が準備できない場合はどうなるのでしょうか?

残念ながら、この部分は生活保護制度に頼ることになるでしょう。生活扶助(生活費の援助)や医療扶助、住宅扶助(家賃の援助)を受けることで、生活していく可能性が高いと思われます。

「なんだ、結局、生活保護に頼るのか」と受け止める人がいるかもしれませんが、将来に向けて何も対策をしないわけではありません。精神疾患のある長男の場合、これから多くの収入を得ることは難しいかもしれません。よって、最大限切り詰めたうえで、足りないところを福祉でカバーすることに大きな問題はないはずです。

▼父「本当は長男の生活費を全額準備したいのですが……」

最後にIさんは下を向きながら申し訳なさそうに言いました。

「本当は長男の生活費の足りない分を全額準備したいのですが、やはり難しいですね。サバイバルプランに向けていろいろと提案をしていただいたのに、私たち家族がしっかりしておらず申し訳ございません」

確かにサバイバルプランは、子供の一生涯の生活費を準備していくことが目的のひとつです。でも、すべての家庭が全額準備できるわけではありません。そして、全額準備できないからといって、全てがおしまいというわけでもありません。

「仮に全額準備できなくても、将来に向けての準備を家族でできることからしていただくことが大切だと思います」。そう声をかけると、白髪の目立つ70歳のIさんは言いました。

「そう言っていただけると、家族としてもとても救われます。本当にどうもありがとうございました」

家族全員にやっと笑顔が見られました。

親子で将来に絶望し、何も行動しないのはダメ

理想としては、子供の生涯の生活費は全額親御さんが準備してあげたいことでしょう。しかし、現実はそう簡単ではありません。今回のIさんのご家庭のように、子供に一生涯の生活費すべてを残してあげられそうもないケースは実際の相談現場でもたびたび見受けられます。

では、子供の生涯の生活費すべてを準備できない家庭は「ダメ」なのでしょうか? お金を残してあげられないなら、そのご家庭は今から何をしても「ムダ」なのでしょうか? 答えはもちろんノーです。

一番いけないことは、親子で将来に絶望し、何も行動しない、支援も求めない、社会から孤立してしまう、ということです。

Iさんの場合、長男は今後就労できる可能性があります。このタイミングで生活のあり方を見直すことは、いずれにしろ将来にとってプラスになるはずです。仮に子供の生涯の生活費を全額準備できなくても、できるだけ多くのお金を残せる対策を検討する。そして子供を含めた家族で老後への準備を進めていく。そうした行動をとることが重要だと思います。

浜田 裕也(はまだ・ゆうや)
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。


コメントを残す