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公然と消える「保育士給与」ありえないカラクリ 国も黙認する、都合のいい「弾力運用」の実態

保育士の給与はどこに消えているのでしょうか?

保育士の給与はどこに消えているのでしょうか?(写真;mits / PIXTA)

新型コロナウイルスの感染が拡大して緊急事態宣言が発令されるなかで、「保育士の不当な賃金カット」が全国で起こり大波紋を広げた。保育園を休業しても、認可保育園などで働く保育士の給与は満額支給されることを国が保証しているにもかかわらず、現場の判断による大幅な賃金カットが後を絶たない。

後述するように保育士の給与は保育園運営の構造上、多くの園で低く抑えられている。そこにさらに今回のような賃金カットを行うと、保育士の離職といった人手不足につながり、待機児童問題の解決をますます遅らせる要因になる。日々の保育の質にも関わりかねない。

なぜこのようなことが起こるのか。その背景には、筆者がかねてより指摘してきた「委託費の弾力運用」の問題がありそうだ。

私立の認可保育園が受け取る運営費である「委託費」。その大部分を占めるのが人件費だが、保育士に全額を支払うことなく、他に流用しても良いとされている。そのため、事業者側のなかには「人件費を満額支払わなくてもいいものだ」という認識が浸透してしまい、保育士が低賃金になる温床になっている。

その結果としてコロナ禍の中、保育士の不当な賃金カットが起きてしまったのではないだろうか。本稿では「委託費の弾力運用」とはどういう仕組みなのかを解説し、本来もらえるはずの保育士の給与額と実際の支給額に大きな差があることを検証する。

給与はどこに消えるのか?

「コロナでカットされた私たちの給与は、いったい、どこに消えるのか」

保育士らの疑問が膨らむ。都内のある保育士は、「園長は”収入が減る”の一点張りで、賃金カットの理由を明確にしない。国が園の収入が減らないよう委託費を出しているというのを、まるでフェイクニュースといわんばかり」と憤る。

また、ある保育士は「私は正職員だからコロナでもフル出勤だったのに、諸手当がつかず手取りが20万円を切っていた」と納得がいかない。他の保育士は、「不当な扱いはコロナの時ばかりではない。私たちは保育で必要な折り紙でさえ満足に買う費用が渡されない。絵本もない。積み木もない。自腹を切って100円ショップで買うしかないのに、(私立保育園の)経営者は高級車を乗り回している」と不信感を募らせる。

コロナに関係なく、人件費はもちろん、折り紙や絵本、玩具を買う費用なども含めて、必要なだけ保育園に「委託費」が支給されているのに、なぜ、こうしたブラック経営が許されるのだろうか。問題の根底にあるのが、冒頭でも触れた「委託費の弾力運用」という制度がある。

まず委託費とは、私立の認可保育園が受け取る運営費のことを指す。国、都道府県、市区町村が負担する税金と、保護者の支払う保育料が原資になっている、いわば公金だ。委託費は、地域、保育園の定員、園児の年齢別で子ども1人当たりの単価である「公定価格」に基づいて計算され、毎月、市区町村を通して保育園に支払われる。

委託費の使途は、「人件費」「事業費」「管理費」の3つ。「人件費」には常勤、非常勤の保育士などの給与、法定福利費、嘱託医、年休代替要員費、研修代替要員費など含まれている。次に「事業費」には、給食費、折り紙や玩具、絵本などの保育材料費、保健衛生費、水道光熱費(保育で使う分)などが含まれる。そして「管理費」には、職員の福利厚生(健康管理や被服費など)、旅費交通費、研修費、事務消耗品、土地建物の賃借料、業務委託費、水道光熱費(事務で使う分)などとなる。

国は「人件費が8割」と積算しているが…

保育に必要な経費が「積み上げ方式」で積算されているため、委託費は「支給された保育園のなかで使い切る性質のものだ」と、国は説明する。

内閣府は委託費の8割が人件費、そして事業費と管理費はそれぞれ約1割程度と積算して支給している。この人件費と事業費と管理費の各費目について、相互に流用していいというのが「委託費の弾力運用」で、国が通知を出して認めている。

委託費の弾力運用を行うには、一定の基準をクリアする必要がある。具体的には、△職員配置などが遵守されていること
△給与規定があり、適正な給与水準で人件費が適正に運用されていること
△給食が必要な栄養量が確保され嗜好を生かした調理がされている。日常生活に必要な諸経費が適正に確保されていること
△児童の処遇が適切であること

などがあり、ほとんどの私立の認可保育園が対象となっている。

認可保育園の運営は公共性が高いことから、もともとは自治体と社会福祉法人にしか設置が認められていなかった。そして委託費には「人件費は人件費に」「事業費は事業費に」「管理費は管理費に」という使途制限があった。

ところが待機児童の増加に伴う「規制緩和」により、この仕組みが変更された

1990年代のバブル崩壊と不況、男女雇用参画の進展により、共働き世帯が増加。山一證券が経営破たんした1997年には専業主婦世帯と共働き世帯が完全に逆転、待機児童が社会的な問題になった。

そして2000年、待機児童解消を狙って営利企業(株式会社や有限会社)やNPО法人、宗教法人にも認可保育園の設置が認められた。

ただ、「人件費8割」というガチガチの使途制限があっては、営利企業が儲けを出す余地が小さい。そこで営利企業の参入と同時に、委託費の弾力運用が大きく規制緩和されたのだった。

この規制緩和で人件費、事業費、管理費の相互流用が認められた。そして、人件費や園舎の修繕費、備品などの購入費を上限額なく積み立てられるようになった。

積み立てを目的外で使う場合は、社会福祉法人は理事会の協議が必要だが、そこで認められれば新しく開園する保育園の建設費用に回すことも可能となった。また、同一法人が設置する保育園や保育関連事業に委託費を流用することもできるようになった。

この規制緩和の前夜、厚生大臣だったのは小泉純一郎氏だった。2001年に小泉政権が発足すると、さらに規制緩和が行われた。

2004年3月、同一法人で運営する介護施設にも委託費を流用可能となった。続く2005年3月、委託費を流用できる金額が大きく緩和された。年度(4月から翌年3月まで)の収入のうち3カ月分、つまり年間収入の4分の1も弾力運用してよいとされたのだ。この時の制度変更について、当時の関係者は、筆者の取材に対して「失政だった」と本音を語っている。

大手が運営するA認可保育園の場合

大手が運営する都内のA認可保育園の財務情報を例にしてみよう。委託費のほか東京都独自の処遇改善費や市区町村独自の補助金を合計した収入が2億3000万円。そのうち人件費は約4割、事業費は平均的な1割かけられている。

給食調理やリトミックの講師料の業務委託費が2900万円、土地・建物の賃借料も2000万円かかり管理費は3割に膨らんでいる。A保育園の収入を弾力運用して約5000万円が、積立てや本部経費のほか系列のB保育園、C保育事業、新規開設の費用などに回されている

年間の収入の4分の1が流用可能であるため、制度上はA保育園では5750万円まで、他の施設の運営などに流用可能となる。本部で事務作業や採用活動などを行えば効率的だったとしても、実際に流用された5000万円の大半は、もともとはA保育園で全て使うべき収入だ。

保育園の財務情報を見ていくと、1~2億円の収入から数千万円もの金額を積み立てや他施設に流用しているケースはザラにある。他に流用することにより、本来その園で必要経費として使用されるべき保育士の給与が低くなり、また、子どものための費用が削られるのでは本末転倒だ。

安倍晋三政権の下でも、小泉政権の頃と同様、経済界が規制緩和を求めた結果、2015年に株式会社の株主配当まで認められた。「委託費の弾力運用は必要だ」とする保育の業界団体の幹部ですら「行き過ぎている」と本音を漏らす。

そして、待機児童解消が目玉政策となって急ピッチで保育園が作られるなか、「波に乗ろう」「ビジネスチャンスだ」といって異業種のからの参入が加速した。「保育への再投資だ」といって施設整備に委託費が流用され、株式会社の右にならえと社会福祉法人も規模拡大していく。

こうした一連の“制度活用”の結果、国が想定する「人件費8割」が大きく崩れた。そして、実際に支出される人件費比率は低くなった

実際の支出を比較してみると…

東京都「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告書等に係る集計結果」(2017年度)から、実際に支出されている人件費、事業費、管理費(事務費)の比率の平均値を示した。

社会福祉法人の人件費は約7割、事業費と管理費が約1割。一方の株式会社は人件費が約5割、事業費が1割弱、管理費が2割強だった。人件費が抑えられ、給食調理の業務委託や賃料がかさみ管理費が膨らんでいる。

株式会社の人件費比率が低い理由には、新卒採用の割合が高くなり保育士が若いことのほか、土地や建物の賃貸料がかさむこと、社会福祉法人と違って法人税が課せられることなどが挙げられる。株式会社の認可保育の歴史が浅いことも背景にはある。しかし、営利企業が進出するなら、不利な条件は織り込み済みのはず。経営を考え利益を確保するのであれば、人件費を抑えることになるだろう。

東京都は社会福祉法人と株式会社を比較するため、前述の集計結果で、定員数、職員の平均経験年数を同じ条件(定員66~76人まで、職員の平均経験年数5年)にして費目区分の割合を算出している。その数値を見てもやはり、人件費分が土地建物の費用に吸収されてしまっていることが窺える。預ける側、働く側にしてみれば、重要なポイントだ。

国や自治体は多額の税金を投入して保育士の処遇改善を図っているが、本来、保育士が受け取ることのできる給与の金額はいったいいくらなのか。筆者は内閣府の資料を基に、計算した。

国は毎年度、通知で「公定価格」のなかの保育士の”年収”を示しており、2020年度は全国平均で約395万円(法定福利費や交通費、処遇改善費は含まない金額)。そこに、常勤・非常勤を問わず全職員が対象の「処遇改善加算①」がつく。処遇改善①にはキャリアアップの取り組みに応じた「賃金改善要件分」と職員の平均経験年数に応じた「基礎分」の2種類があって、まず「賃金改善要件分」を足すと保育士の年収は約417万円になる。

次に、技能や経験を積んだ保育士につく「処遇改善加算②」は、おおむね経験3年以上の「リーダー」役の保育士は月5000円が、おおむね経験7年以上で「副主任」を任される保育士は月4万円が支給される。それぞれの年収は経験3年以上で約423万円、経験7年以上で約465万円になる。

そこに、もう一つの「処遇改善加算①基礎分」が個々の経験年数に応じて1%から12%の加算がついていく。1%は約3000円なので、月約3000円から約3万6000円が前述した年収に上乗せされていく。理論上、年収500万円という賃金も国が用意していることになる。

すると、保育士は経験7年以上で、会社員の平均年収の441万円(平均勤続年数12.2年、国税庁「民間給与実態統計調査」)を超える計算になる。さらに都内で働く保育士は、東京都のキャリアアップ補助金が月平均で約4万4000円が出ているため(定員100人の場合)、年収は国の想定より年間で約53万円も多くなる。

国の想定と比較して30~100万も年収が少ない

しかしながら、保育士が実際に手にとる給与は少ない。内閣府「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査集計結果(速報値)」(2019年度)で約362万円、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(2019年)で約363万円となる。処遇改善費が反映されているのに、国の想定より約30万~100万円も年収が少なくなっている

委託費がおおむね配置基準の人件費で支払われることから、それより多く保育士を雇っていれば一人当たり賃金が低くなる要因もある。ただ、保育士不足で配置基準ギリギリの現場も少なくない。既に全産業平均を超えるほどの人件費が国から出ているのに、委託費の弾力運用によってバケツの底に穴が空いたような状態だ。コロナ禍の不当な賃金カットも、そもそも保育士の給与水準が不当に低く抑えられている問題の延長線上にあるのだ。

政府は第2次補正予算で、コロナ患者を受け入れた医療機関の職員や、感染が発生した介護施設などの職員に「慰労金」を1人当たり最大で20万円給付することとした。しかし、保育園はコロナの影響を受けることなく委託費が満額支給されることを理由に、対象外になっている。そのため、業界団体は保育園なども慰労金の対象にするよう国に緊急要望し、賛同者は増えている。

もちろん、保育士も危険手当に相当する慰労金が国費で支払われるべきだろう。しかし、全国各地で不当な賃金カットが横行している。東京大学大学院の発達保育実践政策学センターが4月17日から5月1日までに行ったアンケート調査では、常勤職員の約8割は休業しても満額の賃金を得ていたが、フルタイムの非常勤職員は約6割、パート職員は約5割にとどまった。「賃金補償なし」は常勤職員でも7.6%いて、フルタイム非常勤は9.8%、パートタイム職員は15.8%に上った。

そうしたなか、本当に保育士の手に慰労金が渡たるのかという心配も生じる。業界団体が慰労金を要望するのは当然だが、業界団体をはじめ自治体はそれ以前の問題として、事業者がコロナ禍で給与を適切に支払っていたか実態調査し、結果を公表する必要があるのではないか。


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