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「シニアの発達障害」が認知症と誤診されるワケ 大人になって発達障害を疑うケースも増加

大人になって発達障害を疑い受診するケースが年々増加している。認知症を疑ったら、実は発達障害だったという例も少なからず見られるようだ

大人になって発達障害を疑い受診するケースが年々増加している。認知症を疑ったら、実は発達障害だったという例も少なからず見られるようだ(写真:Ushico/PIXTA)

最近、よく聞かれるようになった「発達障害」という言葉。子どもや若い世代の話と捉えられがちだが、シニア世代も例外ではない。実際は発達障害なのに、認知症と誤診される例も見られている。実態に迫った。

気が付けば、母の周りに人がいない…

「お母さん、本当にいい加減にしてよ……」

東京都在住のA子さん(43)は、やるせなさから、怒りを通り越して涙があふれてきた。原因は実の母(69)。同乗していたバスの車中で、携帯電話を手に、延々と昨日あったことをしゃべり続けている。それも甲高い声で、まくしたてるように。たまらず、前の席の人が「ちょっと静かにしてもらえませんか」と言うと、カッとした母は何と、その人の頭をたたいてこう叫んだ。

「バスはあんたのものじゃない! みんなのものでしょ!」

母のこんな行動は、今に始まったことではない。近所付き合いや親戚付き合いに始まり、周囲との付き合いがうまくいかない。銀行の窓口やスーパーのレジなどでも、ちょっとしたことでヒステリーになり、よくトラブルを起こしてしまう。そのたびに、A子さんが謝って何とかその場を収めてきた。

家の中ではニコニコと穏やかで、A子さんといるときは特に問題はない。昔から本が好きで、本の世界に没頭するあまり、掃除や片付けなどの家事をほとんどしないことは気がかりではあったが、「誰にでも向き不向きがあるから」と、そこまで問題視はしていなかった。

だが気が付けば、母の周りにはA子さん以外に人がおらず、孤立した状態。実の妹とも、母親の死後の相続時に揉めて絶縁状態になった。A子さんの叔母にあたる母の妹が、最後にぶつけた言葉が忘れられない。

「お姉ちゃんは昔から、人の気持ちがわからない! このままだと周りに誰もいなくなるわよ!」

発達障害という言葉を聞き、その実態を知って「母の言動の理由はこれかも」とA子さんがピンときたのは、昨年のことだ。母を説き伏せて専門外来に連れていくと、予感は的中した。それでどこか救われた部分もあった。本人の努力次第でどうにかなるものではなく、母自身にとっても、どうしようもない問題だったのだ。治療を受け始めた母に対し、心のわだかまりも少しずつほぐれていったという。

発達障害とは、幼少期からの発達のアンバランスさによって、脳内の情報処理や制御に偏りが生じ、日常生活に支障をきたしている状態のこと。特定のことには優れた能力を発揮する一方で、ある分野は極端に苦手といった特徴が見られる。得意なことと苦手なことの差は誰にでもあるが、発達障害がある人は、その差が非常に大きく、そのために生活に支障が出やすい。

具体的に説明しよう。発達障害は、行動や認知の特徴によって、主にASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、LD(学習障害)の三つに分類される。それぞれは重複することもあり、人によっては複数の特性を併せ持つ場合もある。こうした特性は見た目ではわからず、周囲はつい「本人の努力が足りない」などと思ってしまいがちだ。以前はその特性からもたらされる失敗や困難を、本人の努力不足や親の育て方のせいとされることがよくあった。

大人の受診も年々増加

日本では2005年に発達障害者支援法が施行されたことで広く知られるようになったが、概念が知られるようになってきたのはごく最近のこと。大人になって発達障害を疑い受診するケースも年々増加している。それはA子さんの母のように、シニア世代であっても例外ではない。

「発達障害のあるシニア世代は、全般的に平均より元気な人が多い。例えば徹夜で編み物をするなど、過集中しがちな傾向がある一方で、興味のないものは全く耳に入らないなどの例も見られます」

と話すのは、認知症に詳しい河野和彦医師(名古屋フォレストクリニック院長)。特筆すべきは、認知症を疑ったら、実は発達障害だったという例が少なからず見られることだ。

「60代以降になると、よもや発達障害とは思わず認知症と診断されるケースが多い。発達障害と認知症には共通点があり、さらに認知症でおなじみの記憶テストを行っただけでは、認知症と発達障害の区別がつきません」(河野医師)

特に区別がつきづらいのが、認知症の一歩手前の状態であるMCI(軽度認知障害)と発達障害。主な認知症はだいたい65歳ぐらいから症状が表れ始めるが、MCIは50歳ぐらいから、軽度の記憶障害などの症状が出始める。MCIか発達障害かの見極めには、幼いころからの日常行動の問診が診断材料となるが、認知症と発達障害はそれぞれ専門医がいるため、これらを同時に診断できる医師は非常に少ないのが現状だ。

「昔からの状態を知る家族だからこそ、見極められることもある。例えば介護への抵抗の仕方ひとつとってもそうで、介護への拒否が強い、自分で治療方針を決めたがる、介護全般に対して批判するなど。認知症であっても発達障害であっても、ありうる行動ですが、それが今に始まったことなのか、昔からそうなのかによって測ることができる面も大きい」(同)

発達障害は、自身を客観視しづらい。多くの場合、家族など周囲の人が発達障害を疑って専門外来などに連れてくることが多いという。さらに発達障害は、症状と呼べるものなのかどうかのグレーゾーンが大きく、診断しづらい面もある。誰にでも気分の波があるように、生活環境や人間関係などで症状が強く出る場合もあれば、不自由がないまま過ごせる場合もある。

成人発達障害の専門外来を持つ昭和大学発達障害医療研究所所長の加藤進昌医師は言う。

余裕のない現代が発達障害を浮き彫りに

治療をするかどうかは、本人や周囲がどれだけ危機感を持っているか。また普段の生活にどれだけ支障が出ているか。逆に生活で不自由を感じていなければ、全く問題はありません

治療法は、薬の処方によるものや対人コミュニケーションのスキルアップのトレーニング、カウンセリングなど、症状に合わせてさまざまだ。治療によってすぐに改善されるものではないため、日常生活に支障をきたさないための方法をじっくりと探っていくことになる。加藤医師は続ける。

「何事も効率重視の現代、発達障害の人たちに対する風当たりが強くなってきているのも事実です」

以前は、病気という認識がまだなかったこともあるが、発達障害も「個性」として捉える余裕があった。だが現代は、個人の違いに対応できるだけの余裕が社会全体でなくなっている。

「そうした変化から、発達障害の人の強い個性やミスなどが目立つようになっている側面もあります」(加藤医師)

年を重ねてから疑った場合でも、悪化を防ぎ、治療を進めることはできる。発達障害は認知症のように老年期から始まるものではない。当事者にその感覚がないからこそ、身近にいる家族の客観的な視点が欠かせない。間違った診断で苦しまないためにも、心当たりがあれば一度、専門外来を受診してみよう。


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