ストレスに強い人と弱い人は何が違うのか。これまで1万人を診察してきた産業医の武神健之氏は「ストレスに悩む人ほど、原因探しをしてしまう。それではストレスは減らない」という――。
※本稿は、武神健之『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/shironosov※写真はイメージです
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こんにちは。1万人以上の働く人との面談をしてきました産業医の武神です。産業医面談は色々な相談がありますが、ストレスに関する面談は、やはり多いです。
でも、そもそもストレスとは何でしょうか。
厚生労働省の安全衛生調査(平成28年度)によると、働く人の59.5%が、仕事に対して「強いストレス」や「不安」「悩み」を感じていることがわかります。この資料ではストレスを、
1. 「ストレス要因=ストレスの原因」
2. 「ストレス耐性=どれくらいストレスに耐えられるか」
3. 「ストレス反応=実際のストレス症状」
という3つの言葉を使って定義しています。この説明はとても丁寧ですし、一般的にもわかりやすいものです。
ただ、実際に職場でのストレスを考えたときに、この説明を元にすると、「ストレス要因」という言葉から即座に「あの部長が!」「会社がストレス!」などと原因を探す方向に心が動いてしまったり、過去に注意が向いてしまいがちです。実は、これがストレスに悩む人の1つの典型例でもあるのです。
私は産業医として多くの方と接しているなかで、ストレスに上手に対処している人たちは、ストレスに対して「原因探し」をしたり、対象を憎んだりするのではなく、もっとシンプルに考えて対処していることに気づきました。なかには、そもそもストレスをストレスと捉えずに、無意識のうちに対処をしている人もいるほどです。
では、そういう人たちはいったい何をしているのでしょうか。
彼らは「ストレス」を「原因」という点で捉えたりせず、ストレス=「強度」×「持続時間」という捉え方をしていることが多いのです。
ストレスの強度とは、簡単に言えば、「どれだけインパクトが強いか」ということです。ストレスが予測可能で、想定範囲内のものか、あるいは想定範囲外か、想定していたものとどれだけ違うかでインパクトの強弱が決まることになります。
私たちは、ショッキングな出来事に出合っても、ある程度予測していたことであれば、それなりに耐えられます。逆に、いきなり交通事故や犯罪を目撃した場合、そのシーンが脳裏に焼きつき、強度の強い、大きなストレスとして残る可能性が大きいでしょう。
その典型が自然災害で、阪神淡路大震災や東日本大震災など、予想もできなかった大災害から、多くの人が強いストレスを感じました。私たちが全く予測していなかった、少なくとも日常生活のなかでは予想していなかった事件を目の当たりにした場合のストレス・インパクトは大きいのです。
もっと身近な例でいえば、職場で「最近、営業成績が悪いから、そろそろ部長から叱られるな」と思っているときは、叱られてもそれほどはこたえませんね。反対に、全く予想していないことでいきなり叱られたりすると、結構こたえて凹む人も多いのではないでしょうか。
つまり、私たち人間は、予想できることに関してはそれなりに身構えることができるということです。たとえば、なぐられると思った瞬間に歯を食いしばったら少しは耐えられるとか、来月が忙しくなるとわかっていたら何も知らないよりは対処できるといった具合です。
ストレスの「持続時間・継続時間」というのは、心身の負荷となる刺激や、ストレスを感じさせる状況・環境が、いつから、どれくらい続いてきたのか、そしてこれからどれくらい続くのかを指しています。「強度」とあわせて、個々人がストレスをどれくらい大きく感じるかを測る重要な因子になります。
持続時間には2種類あって、1つは「過去からの持続」、もう1つは「未来への持続」です。
過去からの持続とは、いつからそれが続いているのかということ。たとえば、悩みを抱えていて調子が悪い人に「いつから続いているの?」と聞いたときに、「昨年の12月にこんなトラブルがあって……」とか「実は10月に部門が異動になってから」などと、具体的なエピソードが言えるなら、多くの場合、大きな問題に発展しません。
一方、問題になるのは、ストレスを感じているにもかかわらず、特別なエピソードがなく、いつからストレスを感じ始めたかわからないというケースです。このようなケースでは、残念ながらシビアな状況に陥っている可能性もあり、注意が必要です。
2つ目の「未来への持続」は、「いつごろ、ストレスの原因となる現象は消えるのか、終わるのか」という期限のようなものです。ストレスを抱えている人に「大変な状況はいつまで続くの?」と聞いて、「今月いっぱいです」や「年度末まで」などと「終わりが見えている」答えが返ってくるなら、それほど深刻にはならないか、ある程度対処可能な場合が多いでしょう。
しかし、終わりが見えていない場合は問題です。いつまで忙しさや苦しさが続くのかわからない、今日も何時までストレス状態が続くのかわからない、さらに土日も働いているため、ストレスが延々と続いている……。こういった中断されることがないストレス状態は非常に大きな負担になり、危険な状態といえます。
ストレスを考えるにあたって、「強度」×「持続時間」という概念のほかに、もう1つ理解してほしいことがあります。
それは、ストレスというのは決してネガティブなもの、悪いものばかりではないということです。精神的・肉体的に負荷となる刺激は、どれもすべてストレスになりえますが、ストレスそのものが悪いわけではありません。
たとえば、健康管理のために週1回、ランニングや水泳をやっている方がいたとしましょう。週に1回くらいだと、どうしても筋肉痛が残ってしまうことがありますが、ここで大切なのは、筋肉痛に対してどういう感情を持つかです。
多くの人がそうかもしれませんが、まず「筋肉痛はイヤだ」という人がいます。ただし一方で、「筋肉痛が残るくらい自分に負荷をかけることができた」とポジティブに考える人も一定数いるものです。例えば、ボディービルダーといったような筋肉を強化したいと考える方なら、筋肉痛をネガティブには捉えずに、「昨日のトレーニングの効果があった」と嬉しく感じているのではないでしょうか。
これは「家で過ごす」というプライベートな状況でも同じです。
仕事が早く終わり、家に早く帰れることを、家族と過ごせる、趣味の時間が持てるとポジティブに考える人もいますが、同じような状況でも、家事をたくさん頼まれそうだとネガティブに考える人もいます。最近話題になっている「帰宅恐怖症」は後者のケースでしょう。
次にビジネスの例で考えてみましょう。ハードなプロジェクトに関わっている入社10年目のAさんは、「もう疲れた、イヤになった……」とネガティブに感じるけれど、転職して2年目のBさんは「学べることがたくさんある、成長できる」と考えるかもしれません。
このように同じような状況に対しても、捉え方は様々です。「成長の糧になる」という表現がありますが、前述のAさんにとっては、ハードなプロジェクトはネガティブ・ストレスでしたが、Bさんにとってはポジティブ・ストレスだったように、何らかの刺激を「負荷」と思うか、「糧」と思うか、感じ方は人により異なります。
また、同じ人でもストレスの感じ方は、環境や状況によってまったく違うこともあります。たとえば、ふだん温厚な人だけれど、体調が悪いところを無理して出社してきたため、ささいなことに過敏になったり、機嫌が悪くなったりするようなケースです。
疲労がたまっていれば、ストレスの強度や持続時間がそれほど深刻なものではなくても、当然、本人のストレスの感じ方は大きくなるでしょう。人は、疲れているとストレスに対して脆くなるのです。
ここまで、ストレスに関する最低限の基礎知識について述べてきました。
「あっ自分もそうだ!」と思ったかもしれません。「だから自分はストレスに弱いんだ……」と落ち込む必要もありません。ストレス耐性は意識や行動によって変化させることが可能です。もともと「ストレスに弱かった人」が、面談を通じて「ストレスにしなやかに対応できる人」に変わっていった事例もたくさんあります。ストレスへの対処は、誰でも学び身につけることができるものだというのが、1万人の働く人と面談をしてきた産業医の結論です。