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親と同居する30代の女性は、20代からうつ病でひきこもり状態だ。このため年約78万円(月約6万5000円)の障害年金を受給していたが、新しい担当医の診断書の影響で年金支給が止まってしまった。困り果てた61歳の母親は、ひきこもり家庭の家計相談などにのる社会保険労務士に相談した――。
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30代ひきこもりの長女をもつ母親(61・主婦)から、筆者に相談の電話がありました。
「長女の障害年金の支給が止まってしまい、とても困っています……」
母親は涙声で訴えてきました。これはただ事ではないな。筆者は直感的にそう感じました。後日あらためて時間を取り、面談でしっかりとお話を伺うことにしました。
面談当日。訪れた母親の顔色は悪く、憔悴していました。不安で今にも押しつぶされそうな雰囲気です。事情を把握するため、母親からお話を伺うことにしました。
ひきこもりの長女は20代の頃からうつ病で障害基礎年金2級を受けていました。しかし、3度目の更新で不支給決定になってしまったそうです。精神疾患の方の場合、1~3年ごとに更新のために担当医に書いてもらった診断書を自治体の年金窓口などに提出します。診断書の内容によっては不支給決定になってしまう、つまり障害年金が一時停止されてしまうということがしばしばあります。
長女は障害年金で将来のための貯蓄をしたり、通院代や薬代、嗜好品の購入に充てたりしていました。障害基礎年金2級は年額で約78万円、月額にすると約6万5000円になります(※)。
※相談当時、障害年金生活者支援給付金制度は始まっていませんでした。
長女は5万円を毎月貯蓄し、35年間で2100万円を貯めるつもりでいました。親の援助がなくても2000万円以上の貯蓄ができる。それだけが長女の唯一の心の支えであり、希望でもありました。しかし、障害年金が支給停止されたため、長女の貯蓄計画は頓挫し、心の支えを失ってしまいました。
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「長女は障害年金のほとんどを銀行の自動積立で毎月貯蓄をしてきましたが、それができなくなってしまいました。将来のお金の不安と障害年金が止まったショックで通院もやめてしまいました」
母親は続けました。
「長女はこのままずっと障害年金がもらえないのでしょうか? もう駄目なんでしょうか? 夫(62・会社員)は『仕方がない。もうあきらめろ』といって話も聞いてくれません……」
母親はうつむき涙を流しました。
しばらく時間がたつのを待って、筆者は言いました。
「このままずっと障害年金がもらえないと決まったわけではありません。再び障害年金の2級に該当するくらいの症状になれば、手続きをすることによって障害年金の支給が再開されることもあります。ですが、3度目の更新で不支給決定になったということは、ご長女の症状は治療のかいあって軽くなったということなんでしょうね」
すると母親はすぐに反論をしてきました。
「いえ。長女の症状は以前とまったく変わっていません。それなのに、更新の診断書の内容は長女の症状をあまり反映していないようなのです。長女本人がそう言っていました」
「そうなんですね。なぜそのように思われるのですか?」
「今までの先生は長女の話をよく聞いてくれました。家での様子やつらいことなどの話を長女から上手に引き出し、それを理解してくれたのです。しかし、その先生は高齢のため病院を辞めてしまいました。そして別の新しい先生に変わりました」
「なるほど。その新しい先生はどのような方ですか?」
母親は新しい先生に会ったことがないので、長女が受けた印象を語ってくれました。
「新しい先生は男性で30代と若く、問診などは事務的で冷たく感じたそうです。そのため、長女は『あの先生は話しづらい』とよくこぼしていました」
また、長女は通院の際、服装にも気を遣うようになりました。きちんとした服装をして、問診は無理をして気丈にふるまっていたそうです。なぜそのようにしたのかはよく分かりませんが、おそらく新しい先生が若い男性だったことが理由のひとつかもしれない、と母親は考えているようです。
「なるほど。新しい先生に対して、ご長女が問診で本来の状態とは違うお話をされていたようなんですね。その結果、ご長女の本来の状態を反映していない診断書が作成されてしまった可能性があると。ちなみに、通院をやめてからどのくらいたっていますか?」
「大体1年くらいです」
「え? そんなにたつんですか。ご長女の体調は悪化していませんか?」
「そうなんです。通院をやめてから長女の様子がどんどん悪くなっているように感じています。『頭や体がすごく重い。何もする気がおきない』と言い、食事や入浴の回数も極端に減ってきました。『このまま生きていても仕方がない。もう死にたい』とこぼすことも増えてきました。一日中布団の中で過ごすこともあり、布団の中で『あうう~』というようなうめき声をあげていることもあります。そんな長女と一緒にいると、こちらもおかしくなりそうです」
「それは非常に心配ですね。私は精神科医ではないので詳しいことは分かりませんが、それでもこのまま放っておくのは好ましくないと思います。ご長女も毎日つらいことでしょう。通院などで治療を再開したほうがよいかもしれませんね」
「そうですよね。私もそう思っていたのですが、きっかけがなくてずるずる来てしまいました」
まずはどの病院で診てもらうかを決めなければいけません。
今から新しい病院を探すのは大変ということだったので、以前通っていた病院の先生に会い、まずは母親から事情を説明してもらうことにしました。
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母親は胸の内を語りました。
「主人は仕事のため、私ひとりで病院の先生に会うことになってしまいます。私ひとりではとても不安なので、先生との面会時に同席してもらないでしょうか?」
家族ではない、しかも社会保険労務士の資格を持つ者が同席をする。病院の先生にとって、あまり気分のよいものではないでしょう。筆者は母親に告げました。
「もちろん同席するのは構いません。しかし、私が同席することで病院の先生が気分を害されてしまうかもしれません。そして、その影響がご家族に及んでしまう可能性も考えられます。そのような場合もあり得る、ということは覚悟しておいてください」
母親は黙って聞いています。筆者は続けました。
「障害年金が再開できるようにするために、私から先生に強引にはたらきかけることはできません。そんなことをしたら不正受給の疑いがかけられてしまうからです。なので、あくまでもお母様のフォローという形を取らせていただきます。また、私が同席をするとなると日当が発生してしまいます。それでもよろしいでしょうか?」
「はい。構いません。私ひとりでは何をどう話したらいいのかもわかりませんし、一緒にいてくれるだけでも心強いです」
「わかりました。では筆者も同席してよいかどうか、事前に病院の先生に確認を取ってください。もちろんご長女の了承も取ってくださいね。」
「はい。そうしてみます」
その後、病院の先生と長女の両方で確認が取れたので、筆者は母親と一緒に家族相談をすることになりました。
家族相談当日。
母親と筆者は予約時間の10分前に病院を訪れ、待合室で待っていました。室内にはかすかにBGMが流れています。白を基調とした部屋の中心には大きめのテーブルがひとつ。そのテーブルをコの字型に囲うようにして壁際にソファーが3脚、部屋の隅には観葉植物が置かれていました。
ソファーには数人の患者さんが座っています。テーブルの上には雑誌が何冊か置かれていましたが、誰も手を付けようとはせず、下を向いてただ静かに自分の順番が来るのを待っていました。しばらくすると母親の名前が呼ばれたので、母親と筆者は診察室に入って行きました。
出迎えてくれた医師は細身の体形で長めの白衣を羽織っています。表情は硬く、少し神経質そうな印象を受けました。
筆者は内心思いました。
(社会保険労務士が同席するんだから、そりゃ緊張もするよな。何を言われるのか分かったもんじゃないだろうし……)
そこで筆者は事情を説明することにしました。
「私は社会保険労務士ですが、先生に文句を言いに来たわけではありません。その点はご安心ください。本日はお母様からご長女様の状況をお伝えいただき、足りない部分は私からご説明させていただければと思っております」
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事情がわかったためか、医師の表情はいくぶん和らぎました。
「そうなんですね。わかりました。では、まずお母様からお話を伺います」
母親からは長女の当時の事情や現在の状態などをお話ししてもらい、足りない部分は筆者がフォローしていきました。医師は時々ゆっくりとうなずきながら、最後まで話を聞いてくれました。
「突然通院をやめられたので心配していました。そんなことがあったからなんですね。それは申し訳ありませんでした。反省しています。もし、もう一度ご長女にお会いできるようでしたら、今度はもう少し深く理解できるようにしたいと思います」
「それはうれしいお話ですね。ぜひお母様からご長女へ伝えてあげてください」
「はい。長女に伝えてみます。それでですね、先生……」
母親は椅子に座ったまま身を乗り出しました。「長女を診てもらった後、すぐに診断書を書いてもらえるのでしょうか?」
医師は困ったような表情をして、しばらく考え込んでいました。そこで筆者は母親に説明をしました。
「できるだけ早く障害年金が再開する手続きをしたい、というお気持ちもわかりますが、すぐに診断書を作成してもらうのはちょっと厳しいかもしれません。ご長女が何度か通院し、治療の経過を見た後で作成する必要があると思われるからです。なので、それは受け入れてもらうしかないかと……」
医師も同意しました。
「そうですね。できれば時間をかけてその後の様子をみさせてほしいです。その上で診断書を作成させてください」
黙って聞いている母親に、筆者は念を押しました。
「前にもお伝えしましたが、障害年金が再開されるように本来の症状よりも重めにした診断書を書いてもらうことはできません。ご長女のありのままの状態を先生に判断していただき、診断書を作成してもらうことになります。なので、必ずしも障害年金が再開されるというわけではありません。それでも先生を責めないでくださいね」
母親は何かを考えている様子でしばらく目を閉じていましたが、ゆっくり深呼吸をした後で医師と筆者に告げました。
「わかりました。診断書はすぐにできなくても構いません。もう一度先生に診てもらうように長女に伝えてみます」
そう答える母親を見て、医師と筆者はほっとしました。
家族相談後、母親から長女へ事情を説明してもらい、なんとか長女は通院を再開することができました。
最初の頃は母親と一緒に受診をしていましたが、その後は長女の希望もあり、ひとりで受診するようになったそうです。通院を何度か繰り返したのち、医師には現在の長女の状態に即した診断書を作成してもらいました。
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その後、母親や長女の希望もあり、筆者が障害年金の再開の手続きをしました。
手続きから数カ月後。母親から連絡がありました。話のポイントは3つ。
・長女の障害年金は無事再開されたこと。
・医師との信頼関係ができ、通院や治療は続けられていること。
・医師のアドバイスで社会復帰に向けてのプログラム参加を検討していること。
など、母親は長女のその後のことをうれしそうに語ってくれました。それを聞いて筆者も一安心しました。長女のこれからが明るいものになることを願ってやみませんでした。
障害年金に関して今回はうまくいきましたが、もちろんすべてのケースでうまくいくわけではありません。残念ながら障害年金が認められないことも数多くあります。現実はそんなに甘くはありません。それでも可能性がゼロではない限り、行動を起こす価値はあると筆者は考えています。
浜田 裕也(はまだ・ゆうや)社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。