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発達障害の僕が「うつの底」で体験した地獄 自己肯定感に「根拠」がある人は危ない

人生のどん底でうつ病

自分自身の生存を肯定できる理由をすべて失ってしまった(撮影:今井康一)

発達障害の二次障害で、人生最大級のうつがやってきた

はじめまして。借金玉と申します。現在32歳で、不動産営業マンとして働いています。僕は大学生のときにADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けた発達障害者です。

僕の社会人生活は、ピカピカのホワイト企業から始まりました。就職活動で、何を間違ったか大変立派な金融機関に入り込むことに成功したのです。しかし当然のごとく仕事はうまくいかず、人間関係も壊滅。2年ともたず職場を敗走することになりました。

その後、よくわからない力を発揮して数千万円の出資金をかき集めて起業。一時は社員2桁あたりまで会社を成長させるも、昇った角度で落下。30歳の節目をすかんぴんの無職として迎えることとなりました。どれだけお役に立つかわかりませんが、今回は、そのときの僕の体験談をお話しできればと思います。

僕は起業に失敗した後、人生最大級のうつに襲われていました。今日で僕の起業が完全に失敗してから1年半ほどが経つのですが、そのうち半年はほとんど動けない状態にあったと言っても過言ではないと思います。

うつが訪れた理由は、二次障害の双極性障害の周期的なものに加え、何より僕が自身の生存を肯定できる理由をすべて失ってしまったのがいちばん大きいと思います。

僕は、自分の能力の欠損を社会的な肩書やおカネといったもので埋め合わせることを目指して30歳まで生きてきました。それは傍から見ると滑稽で無様な人生だったと思いますが、それでもそこには「前進をやめたら死んでしまう」という強烈な切迫感が存在していました。

「自分は劣った人間であり、そのままでは人間としての価値を認められることはできない。だから成果を出して社会をねじ伏せるしかない」というモチベーションです。僕の人生の原動力は往々にしてコンプレックスそのものでした。

大学入試も就職活動もそうですが、社会的地位や名誉を手に入れれば自分の欠損が免罪されるのではないかという大きな期待があったのです。そして得た成果から「僕はこれだけの結果を出している。だから僕は自分を肯定していい、生きていていい」という自己肯定感を得ていました。

それはもっと言えば、「僕より結果を出せていない人間はたくさんいる。僕はあいつらよりは生きる価値がある」という、他人を見下して得る自己肯定感でもありました。

最初の仕事を辞した後は、「自分はこれから起業するんだ。新たなチャレンジに打って出るんだ」という考え方で自己肯定感を確保していました。
しかし、起業が失敗に終わったことが確定的になったとき、僕を支えていた自己肯定感は跡形もなく吹き飛びました。

毎日、「飛び降りるビル」を下見していた

そして、やってきたのが巨大なうつです。当たり前ですよね。自分自身の信奉する価値観に照らして、30年近くの間自分を支えた信念に照らして、まさに自分に生きる価値がないことが証明されてしまったのですから。

いやー……キツかったですね。対外的にはそれなりに振る舞っていましたが、毎日ほとんど寝て暮らし、ちょっと気力があれば死ぬための身辺整理を行い、飛び降りる予定のビルを下見する。

そんなことを繰り返していました。ここまで希死念慮が強まると、「下見」をしていたり「準備」をしているときはむしろ安らぎがやってくるのです。まるで仕事を投げ出して旅行に行く準備をしているような心地好さがありました。思い当たる節がある方も多いのではないでしょうか。

ではなぜ死ななかったかというと、会社の残務整理があったからです。会社の事業の9割方が売却されても、最後の最後にほんのちょっとした事業は残っていて、そこには従業員も1人残っていたのです。

結局は、事業の本体がダメになってしまった後にその付属物であった小さな事業ひとつを継続しても意味はないと判断して売却しましたが、従業員に会社を離れてもらい諸々の整理を行う、この作業が長引きました。僕が死ななかった理由は主にそれです。

僕のように、単なるうつ状態を超えてしまった段階の「重いうつ」に関しては、経験上ひとつ明確な答えがあります。うつのどん底でできることは、服薬して眠る以外に何もないということです。まさに「うつの底」です。

それは、雪山で吹雪に閉ざされたときに似ています。雪洞を掘って、身体を丸めて眠る。できることはそれだけなのです。そして、それは生き残るための「行動」なのです。吹雪は永遠にやまないかもしれない。二度とここから動けないかもしれない。それは十分ありうることです。

枕元に魔法瓶を置く

うつのどん底にいたときに僕が最も助けられたアイテムは、魔法瓶です。これに温かい紅茶を詰めて枕元に置くのです。希死念慮がやってきたときは「とにかく温かいお茶を飲もう、それだけでいい」で意識をそらし、次は「お茶を補給しよう、それができれば十分」で達成感を回復しました。

僕のどん底は冬でしたので、「寒い。しかしストーブの灯油を補給する気力もない」ということはよくありました。そんなときに温かな魔法瓶のお茶は本当に大きな救いでした。これで、玄関まで歩いて灯油を補給する気力を引っ張り出せました。

中身は、シンプルにひたすら甘いストレートの紅茶がおすすめです。ミルクは胃に重くて飲めなくなるので推奨しません。レモンは悪くないです。食べ物は、カロリーメイトなどを大量に買って枕元に置き、紅茶で湿らせて食べるのがおすすめです。まるで遭難者ですが、実際に遭難者なのです。

どん底中のどん底だった1週間ほどが過ぎて、お風呂に入れるようになったときに「底を抜けた」と感じました。

うつの経験がある方はわかると思いますが、うつがひどくなるとシャワーひとつ浴びることができなくなります。これは若い頃の話ですが、やはりうつのどん底にいたとき、僕はトイレまで歩くことができず失禁し、その処理すらできず、悪臭の中で1日横たわっていました。うつというのは悪化すると、そこまでに人間のすべてを奪う病気です。

「うつのどん底」を抜けて少し回復が始まったとき、次は何とか「自己肯定感」、少なくとも自分が生きていていいという感覚を取り戻すための戦いが始まりました。

僕の場合、まだ希死念慮が抜けていなかったこのタイミングで、人生に絶望した友人から電話がかかってきたのが大きな救いになりました。

「死にたい。自分には生きる価値がない」と言う友人に対して、僕は極めて自然に「価値がなくたって死ぬ必要はない」と主張しました。

自分でもなぜそんなことを言ったのかわかりません。もちろん、何の根拠もない話です。自分自身が生きる価値を見失って死にたいと思っていたところなのだから、欺瞞もいいところです。

僕自身の価値観に照らせば、「確かにおまえに生きる価値はない」と言うべきところです。この電話は「お互い何とか生きようよ」というところで終わったのですが、とても大きな示唆を僕に与えてくれました。


しかし、自分が「すべてを失うこともありうる」と考えるならば、この考え方は採用しないほうがいいと思います。倫理的な問題ではまったくなく、リスク管理の問題として。

根拠ある肯定感は、根拠が消し飛べば一緒に消えてなくなります。具体的な自己肯定の根拠は助けになることもありますが、実を言えばリスクと隣り合わせです。あらゆるものは失われる可能性があるのですから。


以上ですが、如何でしたでしょうか?

これに関しては、管理人はよく気持ちが分かります。。。
というのも、私自身は小さい時からずっと内気で学校もほとんど不登校でしたので、成功体験もなく、自分は学校も行けない死んだほうがマシな人間だと思っていました。ある時を境に少しずつ努力を重ね社会的には悪くないスペックと言われる人間になりました。

すると今度は、常に勉強や努力をしていないとまた元の自分に戻ってしまうという強迫観念に襲われて、常に勉強をしていないと落ち着かなくなります。また、自分の努力をしたことではなく、良い会社に入る、良い資格を持っている、お金を持っているということだけが価値のあることだと思い、それにより人より自分は価値があるかどうか、その人は勝ちがあるかどうかなどと判断するようになってしまいました。

結局それだと上記でも言っていますが、それらがなくなった時に自分の価値もなくなり、存在してはいけないという風になってしまうんですよね。

私は、無職や、離婚、大きな収入を得る等の大きな浮き沈みを経験をして思ったのですが、一番いいのは自分の好きなことをしながら無理せずに生きる、パートナーと仲良く暮らす、などのことが出来ていれば十分に幸せだと思います。それに目標があればやってみれば良いし、失敗しても家族やパートナーがいればまた一緒に頑張れば良いと思います。

ですので、今あるものを大切に、無理せずに少しずつやりたいことをやっていければ、それは十分に幸せなんだと思います。


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