子どもの100人に約3~5人が当てはまるといわれるADHD(注意欠陥・多動性障害)。その親は、さまざまな悩みを抱えることになります。そんな親に対して、千葉大学病院精神神経科特任助教の大石賢吾医師は、一度医療機関に頼ってみてほしいと言います。このコーナーでは、大石医師が自身の診療経験をもとに、相談に答えます。
【40代女性からの相談】ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断された娘(7歳)がいます。子宝に恵まれず8年にわたる不妊治療でようやく授かった子どもでした。幼稚園では先生たちに迷惑をかけながらなんとか過ごし昨年から小学校に上がったのですが、よくなるどころか全く言うことを聞いてくれません。最近は私たちにもひどい言葉を言うようになってきました。もちろん頭ではかわいいと思っているのですが、嫌になっていなくなりたいと思うことがあります。
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大変ご苦労されてようやく授かったお子様。大切に愛情を注いで育ててこられたことと思います。それゆえにお子様に対して嫌と感じてしまうご自身を許せず、責めてしまっているのではないでしょうか。しかし、常に気を抜けない毎日が続く育児では、お母さんやお父さんにかかる負担は計りしれないほど大きいものだと思います。ましてやADHDをお持ちでいらっしゃるお子様であれば戸惑ってしまうことも多いかもしれません。
ADHDは、忘れ物などのうっかりミスとして見つかる不注意や、落ち着かず動き回ってしまう多動を特徴としますが、いずれか片方が目立つ場合もあり一様ではありません。症状が目立ってくる時期や程度は個人差が大きく、特にまだ小さいお子様では個性と見分けることが難しいため、積極的にはっきりとした診断をつけることは必ずしも一般的ではありません。
しかし、決して珍しいものではなく、これまでの調査では男児に多く100人のうち約3~5人の子どもが当てはまるといわれています。集団生活が始まる就学前や小学校あたりから、周りの子ども達と同じようにできないことで疑われることがあります。
ADHDとされる子どもにとって周囲の大人の言いつけを守ることは容易ではありません。決して意図した結果ではないとはいえ、思い通りにいかない日々が続くとご両親であっても疲弊してしまうのも仕方のないことだと思います。実際、気分が落ち込んでしまい治療が必要になってしまう場合もあります。
今回は、私が外来で治療にあたったADHDの息子を持つお母さんAさんのケースをご紹介しながら、皆様と育児における注意点と医療の役割を一緒に考えていければと思います(症例は匿名化の目的もあり一部改変してご紹介します)。千葉大学病院精神神経科特任助教の大石賢吾医師
Aさんは、40代で小学生の男の子を育てるお母さんです。もともと明るくて要領もよかったAさんは、大学を卒業して大手企業で働くキャリアウーマンでした。職場で出会った男性と結婚し、待望の長男が産まれたのは30代後半のとき。ご苦労の末でのお子様でご家族も大喜びだったそうです。
そんなAさんが息子の様子に疑問を持つきっかけになったのは、幼稚園の先生からの指摘でした。先生の話では、みんなが集まって先生の話を聞いているのに落ち着かず走り回ったり、ときに他の子どもを叩いてしまうことがよくあったようです。園の勧めもあって、いつも診てもらっている医師に相談したところ「ADHDなのかもしれませんが、今の時点ではっきり診断することは難しいです。年齢が上がることで落ち着いてくるかもしれません」と様子をみることになりました。
その後、園の先生たちが協力してくれて無事に卒園しましたが、小学校に上がってからも同様の行動は続きます。
気に入らないことがあると泣き叫んだり、喧嘩をしてほかの子に怪我をさせてしまったり。Aさん自身も、当然周囲に申し訳ないと思いながらも、息子のためにどうにかしてあげなければと言う気持ちから、学校や保護者の皆さんと衝突してしまうこともあったようです。学年が上がっても状況が好転するどころか、ついにはご家族へもイライラをぶつけるようになり学校も休みがちになってしまいました。
Aさんは疲れ切り、この頃から自身でも息子に対して怒鳴ってしまうことが増えてしまったそうです。次第に十分に眠れず、食事も摂れなくなってきたことを家族に心配され受診に至りました。診察では、抑うつ状態は明らかで、体重も減ってしまっており、すぐに治療が必要な状態でした。
思いどおりにならず終わりの見えない育児では、いくら愛する我が子であってもイライラが募ったり、ときには投げ出したくなってしまうこともあるかもしれません。それは人として当然の反応のように思います。しかし、大切なことは、我が子にそういう感情を抱いてしまった自分を責め続けることではなく、そういう状況にあっても我が子を愛し続けられるご自身でいることではないでしょうか。
また、この状況で苦しんでいるのはご家族だけではありません。当たり前ではありますが、ADHDを持つ子ども自身も、思う通りに行動できず悩んでしまうことがあります。子どもにとって大好きなお母さん・お父さんに褒めてもらうことは、何を持ってしても代え難い喜びになります。そんな子どもが心からご両親を困らせようと思っているでしょうか。
子どもの場合、精神的なストレスに対する反応はさまざまな形であらわれます。後々になってわかったのですが、このときAさんの息子は小学校でいじめを受けてしまっていたようです。発達障害を持つお子さんの中には、外見では全くわからないことも多く、それゆえにほかの子どもたちと違うというだけで敬遠され、いじめの対象になってしまうケースを経験します。もしかすると、Aさんのお子様がぶつけたイライラは「自分のことをわかってほしい」、「助けてほしい」というSOSだったのかもしれません。
Aさんが受診されたとき、すでに精神状態はお薬を使った治療が必要な状態でした。子どもを思う気持ちからご自身のことは後回しにされていたことと思います。今回いただいた相談を見て「もしかしてこの人も同じ心境なのかも」と感じました。どうしてよいかわからなくなったとき、そこにはいつも我々医療関係者がいます。
「子どもが苦しんでいるのに自分が受診しているようでは駄目だ」ではなく、愛する子どもを愛し続けてあげられるご自身でいるために一度医療を頼ってみてください。精神科に抵抗があればいつも診てもらっている医師にご相談するのもよいと思います。医療の現場では、治療を受けられるだけでなく、お子様がより安定して成長していくための支援や、ご両親がより安心して子育てをしていけるような支援についての情報が得られる可能性もあります。
Aさんの場合は、まずお薬による治療を優先しました。その後、十分に休養も取れ、落ち着いて状況を理解できる状態まで改善したことを確認し、ADHDについて学んでいただく治療を導入しています。Aさんには、お子様に望ましくない行動が見られたときの接し方などを学ぶペアレントトレーニングが効果的であったように思います。
本来はご両親など支援者に望ましい対応方法を身につけていただくことで、子どもの行動をよりよい方向に導いていくことを目的として行われますが、支援者のストレス軽減にも有効である可能性も報告されています。
ADHDへの理解が進みご両親に余裕がうまれてくると、お子様に対する対応の柔軟さにも繋がってきます。そのため、問題行動ばかりに目を向けるのではなくお子様のよいところ探しをして頂いたり、お子様のためではなく両親ご本人のためにご自身の時間を取って頂いたり、といった働きかけも行います。
また、状況の把握や必要な支援をお願いするため学校と協力関係を築くことが重要になりますが、主治医の先生に相談し医療を通じてコミュニケーション取ることでスムーズに進むこともあるかもしれません。