障害者雇用枠の契約社員として働くユウイチさんは十数年前、上司のパワハラが原因でうつ病になり、その後、双極性障害と診断された(筆者撮影)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。今回紹介するのは「病気の悪化にともない、職を失い、家を失い、家族も離れました。借金だけが残り、自殺しようとしましたが、友人の助けを借り、生きながらえました」と編集部にメールをくれた、47歳の男性だ。
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双極性障害――。本連載でも何人か、この病気を抱えた人に登場してもらった。記事掲載後にトラブルになった人も少なからずいる。彼らの言葉をどう受け止めればよいのか、どの程度の距離感が適切なのか。私にとっては、発達障害やうつ病、パニック障害などと比べても、取材が難しいと感じることがままあった。
障害者雇用枠の契約社員として働くユウイチさん(仮名、47歳)は十数年前、上司のパワハラが原因でうつ病になり、その後、双極性障害と診断されたという。うまく話を聞けるだろうか――。喫茶店で落ち合ったとき、少し緊張していた私に対し、ユウイチさんはこう言ってくれた。
「病気が病気なので、異常に饒舌になることがあります。そういうときは、そちらから話を止めてくださいね。私のことをコントロールしてください。一応、伝えたいことを携帯(のメモ機能)にまとめてきたんですが、ちゃんと話せるかどうか……」
そうか、ユウイチさんも不安なのか。そう思うと、私の心も楽になった。
自営業の両親の下で育ったユウイチさんは東京都内の有名私大を卒業後、民間会社に就職した。すべてが順調だったが、あるとき、会社幹部による国会議員への不正献金が発覚。連日、新聞やテレビで報道される“現実”に嫌気がさし、転職を決意したという。
30代前半で転職した先は、業種は違えど、それまでと同じ総務の仕事。問題は、「あらゆる部署で対人関係のトラブルを起こしてきたという評判の人」が社内の異動により直属の上司になったことだった。案の定、一言で済む社内の規定や資料の場所を教えてくれないので、ユウイチさんの業務は滞った。ただ、このときは先輩も部長もユウイチさんのほうをかばい、問題の上司に態度を改めるよう注意してくれたという。
ところが、上司は今度は毎日数時間、ユウイチさんの席の真後ろに立ち、「いまのパソコン操作の目的は?」「なんでそのやり方をしたんだ」と言っては、仕事ぶりを監視するようになった。さらに2人きりになると「てめえは使えねえよな」「なんにもできねえじゃねえか」などの暴言を浴びせてきたという。
完全なパワハラである。「私の後に入ってきた社員2人が『耐えきれません』と言って辞めていきました。(後輩ができないので)私への当たりが強いままでした」。
違和感を覚えたのは勤続5年を迎えるころ。仕事の効率が落ち、当時、結婚していた妻からも疲労困憊ぶりを心配された。ある冬の日の朝、汗だくで目が覚め、振り返ると自分の人形の汗染みがぐっしょりとシーツに広がっていた。驚いて駆け込んだ病院で、うつ病と診断されたという。
その後、会社側の提案で契約社員にさせられ、さらに数年が過ぎたある日、突然役員から呼び出され「今日で契約を解除します」と告げられた。このとき「パワハラなんてほんとはなかったんじゃないの?」と言われ、さすがにユウイチさんが、ほかにも辞めた社員がいたことを伝えると、「誰だっけ?」ととぼけられ、それ以上言い争う気が失せたという。
ユウイチさんは、一方的な契約社員への変更も、契約期間中の即日解雇も原則違法であることは知っていた。しかし、体調が優れない中、反論するだけの気力が湧かなかったのだという。ユウイチさんの人柄もあり、突然の解雇に涙を流してくれる同僚もいたし、「守ってやれなくてすまなかった」と声を掛けてくれる先輩もいたという。しかし、メンタル不調の社員をクビにするのはおかしいと声を上げてくれる人はいなかった。
うつ病と診断されてからの転職は、いずれも長続きしなかった。40歳を過ぎてからは、介護職場や飲食業での就労も試みたが、年収は下がる一方。新卒で勤めた会社では500万円ほどあった年収は約300万円にまで落ち込んだ。
転職先の中には、いわゆるブラック企業もあったが、一方でユウイチさんが頼まれるままに大量の仕事を引き受け、連日の深夜残業でこなした後、一転して体調が悪化。結果的に欠勤やミスが増え、退職に追い込まれることもあった。また、自覚はないものの、同僚から「普段は穏やかなのに、感情の起伏が激しい」といった指摘も受けたという。
私には、ユウイチさんの職場での様子が目に浮かぶような気がした。多分、もともとの能力もあるから、任された仕事はすべて処理できてしまうのだろう。しかし、瞬間的なハイテンションの下で成果を上げた後は、必ずツケを払うことになる。加えて、いったんこなした“実績”があるだけに、周囲には「やればできるのにやらない人」と映ってしまう。
精神疾患はただでさえ、はた目にはわかりづらい。ユウイチさんも「『病気を言い訳にしている』とか、『さぼっているだけじゃないのか』ということは、今までさんざん言われてきました」という。
かかりつけ医が、ユウイチさんに時々「仕事量が異常に増える時期」があることに気が付いたのが数年前のこと。このとき、あらためて双極性障害と診断されたという。
双極性障害は、うつ状態とそう状態を繰り返す精神疾患の1つ。以前、取材で会ったある当時者はそう状態のときは「自分は何でもできるという自信と万能感にあふれています」と言っていた。そう状態のときは、ユウイチさんは買い物がやめられなかったという
このため、そう状態のときに会社を興したり、買い物やギャンブルに貯えをつぎ込んだり、不特定多数の人と性行為をしたりといった行動にはしりがちだという。結局は失敗することがほとんどで、私が取材する限り、その過程で失業したり、人間関係が破綻したりといった人は少なくない。
ユウイチさんもこの間、買い物をやめることができず、車とローンで購入したマンションを手放した。離婚も経験した。残ったのは約450万円の借金だという。
「収入は減っていくのに、ネットで趣味の本などを買うことをやめられませんでした。多いときは月11、12万円は使っていたでしょうか。
仕事をどんどん引き受けてしまったのも病気のせいだったと思います。元妻からは『転職ばかりでは困る』と言われたことも、泣かれたこともあります。うつ状態の私を見ていることしかできなかった元妻はつらかったと思います。どこかに一緒に行ったり、何かを買ってあげたりした記憶がないんです。結婚生活を思い出したとき、思い出すことが何もないんです。申し訳ないという気持ちしかありません」
双極性障害と診断された後は、毎月約11万円の障害年金の支給を受けるようになったほか、仕事が見つからなかった一時期は、生活保護を利用したこともあった。
双極性障害は自殺リスクが高いともいわれる。ユウイチさんも一時は首吊り用のロープを購入、人気の少ない公園に目星をつけ、決行する日時まで決めたこともあった。思い詰めていたユウイチさんを救ってくれたのは、高校時代の恩師や友人たち。話を聞いたり、知り合いが管理する無料低額宿泊所を紹介するなどしてくれたという。そうした支えのおかげもあり、1年前、ユウイチさんは初めて障害者雇用枠での就職をした。
福祉制度の利用や障害者としての就職活動を振り返り、ユウイチさんは次のように語る。
「支援やサービスを一括して教えてくれる窓口がないと感じました。例えば、医療費助成の『自立支援医療』も、(住民税非課税の人などが対象になる)プレミアム付商品券も、私のほうから行政に問い合わせをして初めて自分が利用できることを知りました」。
私が、ワンストップでの対応をうたう生活困窮者自立支援制度があることを伝えると、制度のことは知らなかったし、教えてくれる行政担当者もいなかったという。
さらにユウイチさんは「(民間会社主催の)障害者を対象にした合同企業説明会に、障害の種類も程度もスキルも違う人たちが一緒くたに参加させられることに驚きました。ちゃんと区分けしたほうが、企業のニーズともマッチしやすいんじゃないかと感じました」と指摘する。
取材中、ユウイチさんの話しぶりは終始落ち着いていて、饒舌な場面は1度もなかった。私がそう伝えると、「自分でも気をつけていたからだと思います。1年ほど前に自分に合った処方薬が見つかったので、そのおかげかもしれません」と言う。
昨秋、例によって仕事を抱えすぎて体調を崩しかけたが、幸い先に異変に気がついたかかりつけ医がストップをかけてくれた。このとき、医師から「大切なことは、毎日同じリズムで無理をしないこと。決まった時刻に出勤し、定時で帰る。ルーティーンを守ることです」と言われたことを、肝に銘じているという。
それでも無欠勤とはいかず、毎月の手取り額は年金を合わせても生活保護水準を少し上回る程度。そこから借金も返しているので生活はカツカツだ。ユウイチさんは「まずは勤怠がこれ以上不安定にならないよう気をつけています。残業できない分は、パソコンのショートカットキーをカスタマイズしたり、辞書ツールの機能を強化したりして、作業効率を上げる工夫をしています」という。
今も全身が痛んで起床できないことがあるし、不眠とも長い付き合いになる。原因は定かではないが、朝起きてみたら、身に覚えのないチャーハンを作って食べた形跡があるといった記憶障害に見舞われることもある。これからも希死念慮から完全に解放されることはないかもしれない。双極性障害は遺伝要因も大きいと言われるが、私などは、ろくでもないパワハラ上司との出会いさえなければと考えてしまう。
一方で、ユウイチさんは、自分には病を得ても寄り添ってくれた友人もいるし、効果的な処方薬と出合うこともできたし、昨年末には契約更新もなされたという。そしてこう言って前を向く。
「いま、少しずつ自己肯定感を取り戻せている気がします」。
皆様こんにちは!
— ㈱Prevision-Consulting (@previsioninfo) February 1, 2025
以前より準備していた障害福祉施設の目処がたちましたのでお知らせ致します。
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