医療現場では発達障害の誤診・過剰診断が起きているといいます(写真:タカス/PIXTA)
私は半世紀にわたり発達障害を研究し、たくさんの子どもたちを診察してきました。25年前に出版社からの依頼で初めて「発達障害」をテーマに執筆したとき、専門書以外に類書はほとんどありませんでした。近年、テレビや新聞などを通じて、今までにないほど、一般の方にも発達障害への認知・理解が広がっていることを実感しています。
一方、発達障害への認知・理解が広がるほど、正しいものと、必ずしもそうではないものが混在し、頭を抱えたくなるようなこともあります。
拙著『子どもの発達障害 誤診の危機』では、発達障害にまつわる誤解、あまり知られていない真実についてお伝えしています。なかでも最も伝えたいことは、医療現場で起きている発達障害の誤診・過剰診断についてです。
発達障害が広く知られるほど、受診者が増え、これまで取り残されていた当事者が診察を受ける機会を得たのはよいことですが、現場では、発達障害とは言い切れない子どもへの過剰な診断が多く見られます。
この半年の間に私が経験した自閉症スペクトラム障害の誤診・過剰診断の例を紹介します。個人情報保護のために、年齢や症状を少しだけ変えてありますが、重要なポイントはそのままです。
地元の発達障害専門のクリニックで「重度自閉症」と診断された8歳男児のケースです。
受診の理由はセカンドオピニオンを聞きたいとのことでした。当の8歳の男児は、ちょっとふてくされた表情で母親を見ていました。母親の話を聞く前に、本人にいくつか質問をしました。保護者の受診理由や、それまでに受診した医師の診断書や心理テストの結果によって先入観を持たないようにする、私の診療スタイルです。
私「学校は楽しい?」 男児「うん、楽しい」
私「先生に叱られることない?」 男児「あまり叱られることない」
私「お勉強の成績はどうなの?」 男児「勉強は普通」
私「好きな科目は?」 男児「全部好き。95点取ったこともある」
私「友人はいるの?」 男児「いる。5人以上」
私「好きな遊びはなに?」 男児「鬼ごっこ」
私「じゃあ、走るの速いんだ」 母親「800メートル走が速いんです」
目次
ここで、私は母親に受診の理由を聞きました。母親は、診断書を取り出し私に渡しました。そこには「重度自閉症」と書かれていました。
私は当惑しながら、「どうして(診断書を作成したクリニックを)受診したのですか?」と聞きました。
しりとり遊びをしていた友達をばかにした結果、その子が不登校になったこと、登校班で一緒に通う子どもとけんかになり、その子を押し倒してしまったことなどが重なったため、学校から発達障害かもしれないので受診するように言われた、とのことでした。
私が当惑した理由は、そもそも成績が普通で、友達と鬼ごっこやしりとり遊びができ、私の質問に的確な答えを返してくるこの男児に「重度自閉症」という診断書を出す医師、それも発達障害専門をうたっている医師がいる、ということです。その医師がどのようなアセスメント(診療、査定)や心理テストをしたか、ということは、この男児の場合には関係ありません。
小学校の通常の学級に通い、普通の成績をおさめ、さらに褒められることではないにせよ、口げんかで友人をやり込めることのできる子どもに、重度自閉症という診断をすることの医学的な矛盾に気がついていない医師がいる、ということに私はびっくりしてしまいました。もちろん、医師は誤診をすることがあります。いわゆるグレーゾーンに入る自閉症などの診断は専門医にも難しく、結果として誤診することはありうるでしょう。
しかし、この男児を重度自閉症とすることは、血糖値が高くないのに糖尿病の診断をするのに匹敵する誤診だと思います。発達障害の専門医であるならば、重度自閉症といえば、まず言葉によるコミュニケーションがほとんどできない状態の子どもを想起するのが普通なのです。
その後、母親に男児が保育園に通っていたころの行動の特徴について思い出してもらいました。保育園では落ち着きがなく、日常生活のルーチンができない子どもだったそうです。
重度自閉症というよりはむしろ、注意欠陥多動性障害を思わせる特徴であったために、母親と現在担任の教師に、注意欠陥多動性障害のスクリーニングで使用されるチェックリストをつけてもらいました。その結果、とくに学校での行動で注意欠陥多動性障害を疑わせる結果でした。
普通学級に通う、成績が中ぐらいの小学生が、友達に乱暴をしたことで発達障害を疑われ、地元の発達障害の専門医から「重度自閉症」という診断をつけられて、セカンドオピニオンを求めて私の外来を受診したという事実に、発達障害の診療の医学的水準に危機が迫っていることを実感しました。
現在の日本の教育体制の中で、重度の自閉症の子どもが通常学級に通い、普通の成績を取るということはまずありえないのです。そのことに気がつかない医師がいることは極めて憂うべき事態です。
また、近年新しく知られるようになったこともあります。これまで主に子どもの障害であると考えられていた注意欠陥多動性障害が、大人にも見られることがわかったのです。また、圧倒的に男児に多いと見なされていたことも誤りであったことが明らかになりました。
男児に多いと思われてきた第一の理由は、そもそも注意欠陥多動性障害の症状に大きな男女差があり、女性の注意欠陥多動性障害は見逃されてきたことがわかったのです。気づかれず、診断されず、そして当然のことながら治療されずに生きてきた成人女性で、対人関係の構築や、日常生活の困難により、うつや不安障害などの二次障害に悩む人が大勢いるのです。
発達障害とは直接関係のない、ある特殊な才能が、発達障害と誤診されていたケースがあることも近年明らかになりました。
発達障害、とくに自閉症スペクトラム障害との関連で語られる特殊な才能には、サバン症候群があります。一度聴いただけで曲の演奏ができるとか、過去未来のある年月日が何曜日であったか一瞬で答えることができるといった一種の特別な能力を持っている人のことです。
しかし、映画などの題材となり、よく知られるサバン症候群のことではなく、実は、一般的にはギフティドと言われる、とくに知能指数(IQ)が非常に高い子ども(や大人)が、往々にして自閉症スペクトラム障害や注意欠陥多動性障害といった発達障害と誤診されることが多いということがわかってきたのです。
アメリカではギフティド児(者)に関する社会的認知が進んでいますが、そのアメリカにおいてさえ、発達障害と誤診されることが多かったのです。私の外来にも、ギフティド児で発達障害と誤診されたと思われるお子さんが近年、増えてきています。
こうした予期せぬ事態は私の診療に大きなインパクトを与えています。
医学的判断に基づいて、単純に診断し治療するだけでは、子ども本人とご家族の要望に沿うことができなくなってきているのです。これまでは、発達障害とその医学的な意味について、講演や取材を通して伝えてきたつもりでした。
しかし、それとともに、発達障害に関わる医療や心理、教育職の専門家に対しても、日本の発達障害への理解と対応について「なにか変だよ」と警鐘を鳴らさなくてはならない状況になっていると感じています。
なによりも、臨床の場で出会う、誤診や過剰診断で苦しむ子どもたち、そのご家族、また、学校や社会で当事者と関わるすべての方に、いま発達障害を取り巻く現場で起きていることを知ってもらいたいと、切に願います。